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「こんにちは、夕霧君。ちょうどよかったです」
誰だったっけ……えっと、確か。
茶色い"ヒグマ色の短毛"、賢そうな丸い眼鏡の男の人、皺はない。
常に相手の顔色を窺っている、目線を"虫の触覚"みたいに忙しなく動かす、優しくて哀れな人。
「明後日の午後に"あたため広場"で茶話会をやるから。気が乗ったら、是非来てみてください」
名札を密かに覗き込むと、「水口・精神保健福祉士」と書かれていた。
月に一度は面談をする、僕の担当の支援員らしい。
「水口」さんの手には、二頁くらいの小さな冊子が握られている。
僕はそのまま『あたため広場』の冊子を受け取った。
「……はい……ありがとうございます……」
ここにいるようになってから、一度も行ったことはなく、きっとこれからも行くことはないであろうとも。
たとえ、何枚目になるか数え知れない薄い紙束に、どれほどの希望が詰まっていようとも。
僕の心には波紋一つすら響かなった。
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