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僕の名前は「夕霧水空」。
この「霞ヶ関総合病院」に入院してから一年は経つ。
今年の真夏に十五歳の誕生日を迎えた。
薄紅色と淡い橙色の葉っぱが"甘くて冷たい"そよ風に乗って舞う世界は目の前に広がっている。
僕には"記憶が無い"――。
主治医曰く、『全生活史健忘症』という記憶障害の一種だ。
物語で一度は耳にした事のある、所謂"記憶喪失"という現象は、何かしら強すぎる衝撃を脳に受ける事によって生じやすい。
ならば、僕の身にも何かしらの出来事は起き、僕の脳は自己防衛のために記憶を丸ごと封印したのだ。
抗がん剤治療で健康な細胞も犠牲に、悪性新生物を退治するかのごとく。
ただし、記憶喪失のきっかけとなった"心的外傷的な出来事"が何なのかは、誰も教えてくれない。
病院にいる「主治医」も「看護師」も、「水口」さんですら。
一度だけ顔を見せに訪れた時、やたら耳障りな猫撫で声、と"狐の眼差し"で一方的に喋り散らしたきり、お見舞いに来なくなった「親戚の人」も。
最初は毎日頻繁に訪れていたが、やがて足の遠のいていった「黒い外套の男女」も。
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