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「このまま、世界が終わればいいのにね」
彼女が呟いた言葉に、男は首を振った。
「そんなことを言わないでください。貴方には似合わない」
「そう? ふふ、ごめんなさいね」
青年が手を引くと、彼女は悪戯っぽく笑いながら身を寄せる。互いの温もりに目を瞑った。
「愛しています」
「私もよ、」
彼女が自分の名を呼ぶ、その響きを胸に閉じ込めた。何にも邪魔されないほどの奥深くに。いずれ、この感情も行き着く先に。
「ねぇ、私たち、最後までこれだけだったわね」
「そうですね。あなたは祝福されるべき人ですから」
「あなたもよ。だって私たち、何もなかったもの。最後の最後まで、何も」
でも、それも忘れちゃうのね。彼女の言葉に、青年は思わず自分より低い位置にある頭へ頬を寄せた。絹のように滑らかな髪が愛おしく、けれど今は、これ以上なく寂しい。
それから、どのくらいの時を過ごしただろうか。やがて二人は、静かに身体を離した。
「では、宜しいですか」
「ええ、もう充分よ」
彼女は頷き、目を瞑る。いつしか溜まっていた涙が頬を伝ったが、どちらもそれに言及しなかった。
男は彼女の瞼を手で覆い、甲に唇を落とした。
「ロッティ。俺の全て」
ふと、思い出が蘇る。最初にこの呼び名を思いついた時、彼女は楽しそうに笑った。「小さい頃のあだ名よ」と言って、けれど特別を感じるからと頷いたのだ。幸せな恋だった。
「俺はずっと、貴方の幸せを願っています」
別れを告げる。全てを受け入れた彼女の身体が、途端に崩れ落ちた。
愛しい女性を抱き留める。青年は眠った初恋の美しさに苦笑した。きっと純白のドレスがよく似合うだろう。自分にはどう足掻いても着せられないような、煌びやかなドレスが。
「……やはり、貴方に破滅は似合いませんよ」
美しい彼女が受けるのは、世界の終わりではなくその身に余るほどの幸福であるべきだ。何不自由ない生活と、彼女を愛する人に囲まれた日々。だから、この恋の結末は、そもそも一つしか存在しなかった。
瞼を閉じて息を吸い、そして吐く。青年は目を開き、彼女を抱え直した。まずは病院に向かって、それから電話しなければならない。
愛しい人の未来へ続く道を、男は進んでいく。今の彼にとって、それこそが何よりの幸福だった。
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