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「よかった、元気そうだね。挨拶に伺ったら君が倒れたと聞いて、僕はもう心配で心配で」
「そうだったの。ごめんなさい」
ジェイコブ。祖父の決めた婚約者。
数ヶ月ぶりに会った彼が何の躊躇いもなく自分の手を握り込んだのに、少しどきりとした。人前での触れ合いは苦手だ。何も言わない青年がこのやり取りを見て聞いているかと思うと、続くジェイコブの言葉もあまり耳に入らなかった。
早く時間が過ぎないだろうか。居心地悪く俯いていたシャーロットは、不意に聞こえた椅子の音に顔を上げた。
「では、俺はこれで」
立ち上がり、微かに顎を引く青年。そこで初めて彼の存在に気付いたらしいジェイコブは、慌てて振り向き握手を求める。
「ああ、すまない! 君が電話をくれた人だね。ありがとう、本当に。ああ、どうかお礼をさせてくれないか」
「いえ、俺はただ付き添っただけですから。あなたが来て良かった。テイラーさん、どうかお大事にされて下さいね」
「え、ええ」
応える彼女に頷き、男は呆気なく部屋から去っていく。「気持ちのいい青年だね」惜しむジェイコブの言葉に頷いた。そういえば、結局お礼を言えていない。
「いつか必ずお礼をしよう」
「そうね」
彼は青年が座っていた椅子に腰掛けた。
「ところでシャーリィ。どうして倒れたか覚えている?」
「それが何も覚えていないの、気付いたらここにいて。そうだジャック、ここはどこなの?」
「病院だよ。どうも、さっきの彼がずっと付き添ってくれたみたいだね」
「病院?」
そういえば、辺りは変に白い。廊下に面する磨ガラスからは忙しなく行き交う人の影が見えた。部屋の奥にはいくつも寝台があって、少しだけ消毒液の匂いがする。
見渡そうと体を起こしたシャーロットは、ふと感じた違和感にシーツから細い脚を覗かせる。
「……」
「どうかした? 怪我はないらしいけれど……気分はどう?」
「ええ、大丈夫。何も、何もないわ」
頷き返す。彼の言う通り、見る限り擦り傷も打ち身もなかった。どんなに神経を尖らせても、体のどこにも痛みを感じない。
でも、それって変じゃない?
シャーロットは微かに眉を顰めた。
先程の青年は、自分は突然倒れたのだと言っていた。なのにどこにも怪我がないなんて、少しおかしい。偶然芝生の上にでも倒れたの? それとも、倒れる直前にあの青年が抱き止めてくれたのだろうか? でも、それって。
「シャーリィ。……シャーリィ?」
「えっ」
慣れ親しんだはずの愛称に気付かず、シャーロットは彼の大きな声にようやく肩を揺らした。ジェイコブが心配そうに覗き込む。彼女は慌てて首を振った。
「ご、ごめんなさい。少しぼうっとして」
「本当に? どうか無理しないで。帰る前にもう一度診てもらおう」
「ありがとう、でも大丈夫よ。今日あったことも、きっとすぐに思い出すわ」
どこかに、なにかに、違和感がある。けれどそれが何なのか分からず、シャーロットはただ微笑んだ。外では花が散っていた。
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