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「まあ、お嬢さま!」
どうしてもと譲らないジェイコブの勧めで、診察を受けてから帰宅すると、待ち構えていたらしい家政婦長が一目散にシャーロットへ駆け寄った。
「よかった。先程お電話もいただきましたが、それでも、ああそれでもサラは心配で……」
「ごめんなさい、心配かけて」
「いえ、いえ。でも、最近はお一人で出掛けられることが多かったものですから、ずっと気になっていたんです」
矢継ぎ早に続く言葉に彼女は目を瞬かせた。
「今回はジャイコブ様や助けて下さった方がいらしたから良かったものの……ああ、もう一人でお出にならないでくださいね」
「あ……ええ。分かったわ」
それから他の使用人にも一言告げて、シャーロットはようやく自室へ辿り着いた。
何だか久しぶりに帰った気がする。脱いだ帽子を文机の上に置いて、しばらく寝台を眺めたのち倒れ込んだ。脱力する四肢、その先に広がる絹糸を眺める。
倒れる前、一体私に何があったのだろう。彼女はぼんやり思った。
ジェイコブにはああ言ったけれど、でも、やはり不安だ。覚えていない空白の時間で、何か大切なものを落としてしまったのではとさえ思う。
だって、今日はきっと特別な日だったのだ。一番お気に入りのワンピースを着て、髪も綺麗に整えていたから。
「もう、解けちゃったけど」
それに、節々で感じる違和感は何なのだろう。先程サラが言っていた「一人での外出」にも全く心当たりがなかった。幼い頃から一緒に過ごしてきたジェイコブの微笑みや、彼が呼ぶ自分の名前だって、何かが違う気がする。それは、自分が今日あったことを忘れているからなのだろうか。
その時、ふと脳裏を過ぎったのはあの青年のことだった。彼なら何か知っているのではないか。倒れる瞬間を見ていなくても、例えば、その場所とか。
一抹の期待を抱いたシャーロットだったが、何度試しても、どんなに集中しても、彼女はその顔を思い出す事が出来なかった。一度会えば忘れられそうにないと思っていたのに、髪型も服装も、印象的だった瞳さえ覚えていない。
シーツに顔を埋める。そういえば名前も聞いていない。奇跡でも起こらないと、もう彼には会えないのだ。
深く、呼吸する。もう何の手がかりもなくなってしまった。
「……きっと、すごく大切なものだったのに」
失くしてしまった何かを想いながら、彼女は目を閉じた。頭が痛む。時の刻む音が響く。
シャーロットは、いつしか眠りに落ちていた。
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