三章

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ユノが頷くと、美しくキリヤは笑ってローブのポケットからカードを取り出した。 「戴冠式後のセレモニーが王宮広場から見られる。これは王宮広場に入れる招待状だ。多くの群衆が訪れるから広場に全ての群衆を入れることはできないが、この招待状があればそのまま広場に入れるらしい。よかったら……その……僕の晴れ姿も見に来てほしいんだ」 青い瞳に優しく微笑まれて、ユノの胸はきゅん、と疼いた。 こんな風に彼に頼まれて断れる人なんているのだろうか。 「うん。わかった。キリヤのことを見に行きます」 「ユノが見てくれていると思うと頑張れそうだ」 キリヤは笑顔を浮かべて生徒会室を出て行った。 扉が閉まると、少しの間生徒会室に微妙な空気が漂った。 ユノはこほん、と咳払いをして「仕事しましょうか」と言うと、アンドレアが一歩前に進み出た。 「ユノ……前から頼もうと思っていたのだが」 フライングレース以降随分と態度が軟化したアンドレアがその大きな体に似合わないおずおずとした態度でユノに切り出してきた。 「はい。何ですか? アンドレア?」 「以前、火の精の言葉を話せると言っていただろう……俺も話せるようになりたいと思って、あれ以来火の精の言葉に耳を傾けてきたんだが、さっぱりわからないんだ……本や辞書も探してみたんだが、見つけることができなかった。習得のコツや本があれば教えてほしい」 赤いアンドレアの瞳はとても真っ直ぐにユノを見つめていた。 「火の精の言葉に関する本っていうのは実は俺も見たことがありません。俺が知る限りですが、無いと思います」 「そうなのか」 アンドレアは目に見えて落ち込んだ。 「なので、俺が火の精と話しながら単語の意味や発音を纏めた単語帳と、文法を纏めたノートならあります。俺はもうそれを見なくても大丈夫なので、よかったらアンドレアにお貸ししましょうか?」 ユノが提案すると、アンドレアの表情はみるみる間に明るくなった。 「いいのか?」 「はい。アンドレアのように火の精を使用する戦士が火の精とコミュニケーションが出来たら、とてもいいのではないかと以前から思っていました」 そう言ってユノは収納バッグの中から使い込まれた表紙のノートを取り出し、アンドレアに差し出した。 「文字のところに指で触れると発音も聞けるようになっています。俺の声なので申し訳ないですけど」 「これ、ものすごく貴重なものだよな。大切に使わせてもらう」 アンドレアは受け取ったノートの表紙を大切そうに撫でながら言った。 「少しでも覚えたら、あとは火の精にどんどん話しかけてみてください。それが一番の近道です」 「わかった。そうしてみる」 「あと……」 少しばかり言いづらそうにユノは切り出した。 「火の精を司る家系のアンドレアにこんなことを言うのは恐縮ですが、火の精のことは火を提供してくれる道具のようには思わず、私たちの生活に欠かせない火の力を貸してくれるとても大切な存在だと思って話しかけてみて下さい。敬意を持ってコミュニケーションをしたいと思えば火の精は心優しい精霊ですから応えてくださいます」 ユノは気持ちが伝わる様に自分が火の精と初めて話したときのことを思い出しながら、アンドレアに一生懸命告げた。 「必ずそのように接すると約束する」 「ありがとう。アンドレア」 ユノはそう言ってアンドレアの手をぎゅっと握った。 「あーあ。アンドレア。嬉しそうにしちゃって。キリヤに嫌われても知らないから」 「別に嬉しそうにはしていない。そう言うイヴァンの方こそ隙あらばユノの傍でデレデレしているだろうが」 「ほんとそうだよね。ほどほどにしないとキリヤに殺されるよね」 イヴァンの言い分が面白くてユノは吹き出した。 「ありがとう、二人とも」 全てのハイクラスの人と仲良くやるのは難しいかもしれない。 でもやはりユノが考えていたとおり、全員が同じ思考回路なわけはないし、分かり合える人だって多くいるのだ。 「さっきから何度もお礼を言っているけれど、ユノがお礼を言うところなんてあったっけ? お礼を言うならアンドレアでしょ。あんな失礼な態度を取っておきながら大事なノート借りるんだから」 イヴァンがクスクス笑いながら言う 「な……っイヴァン……っ……でも確かにそうだな……ありがとう、ユノ」 瞳や髪と同じように耳の端を赤くしながらアンドレアが言った。 「どういたしまして、アンドレア」 ユノが応えると、アンドレアはぶっきらぼうに近くの椅子にどっかり腰かけた。 それも照れ隠しの仕種と分かるようになってきた。 ユノとイヴァンは声を上げて笑った。
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