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そう。確かにいたのだ。幼稚園の時、太っている、ブスだと言われて男の子たちに虐められていた女の子がいたことを。あーちゃん、あーちゃんと呼んでいたので名前を憶えていなかったのだ。幼稚園の頃は、苗字で相手を呼ぶことなんてないから尚更に。
確かに、あーちゃん、は少しぽっちゃりとした女の子だった。しかしだからって蔑称でいじめるような馬鹿は許せない。あたしは彼女を庇って、喧嘩ばかりしていたのだけれど。
「私、小さな頃、花月ちゃんのこと男の子だと思ってたんです」
えへへ、と鮎奈は笑った。
「初恋の男の子が実は女の子だったってこと、転校してきて初めて知りました。でも……それでも、想いは消えなかったんです。男の子でも、女の子でもいい。私のヒーローはいつだって、花月ちゃ……花月さんただ一人だったから」
お願いします、と。彼女は頭を下げてきた。ばさり、と長い髪が落ちると同時に、ふわりとシャンプーの香りがした。
「友達で、いいです。半年……私がいなくなる半年後までに、お返事をくだされば、それで。私は、花月さんと一緒にいられるだけで幸せです。特別な存在にしてくれなくてもいい、家に呼んでくれたりしなくていい、だから……」
想像以上に複雑な事情だったこと。そして、幼稚園の頃いじめられていた少女が――こんなにも綺麗になって現れたことに心底驚いていた。
きっと、彼女はとても努力したのだろう。昔は運動神経だって悪かった。かけっこも遅かった。それなのに、あんなにバスケが上手くなるくらい練習して、自分の容姿にも磨きをかけたのだ。
ひょっとしたらそれは、いつか出会うかどうかもわからない、あたしと再会するためだったのだろうか。だとしたら。
だとしたらなんてーー頑張り屋さんなのだろうか。
「……その」
難しいことは、何もわからない。でも。
「恋になるかわかんねえけど。まずは友達、でいいなら。それから」
それから。
運命だとか、予言だとか、そういうものよりもきっと。
「半年後に全部決まってるなんて、そんなこと思わなくていいだろ。嫌なものは嫌だって言う権利はお前にもあるし。予言が本当だとしても……確定的な未来なんか、きっとないんだから」
だから、と彼女に手を差し出した。顔を上げた鮎奈はちょっと泣きそうな顔をして、あたしの手を握り返してきたのだった。
自分達は子供だ。明日でさえ、まだどうなるかわからない。
だからこそ。
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