<後編>

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<後編>

 その場で、どうにかあたしは鮎奈を捕まえることに成功。今日の部活動後に、話をしようと約束することができた。あたしも陸上部の活動があるので多少待たせてしまうかもしれないが、今回ばかりは容赦してもらうことにしよう。  鮎奈はひとしきり部活を回ったあとで、あたしが所属する陸上部の活動を見学しにきていた。ただし、仮入部という形ではなく、本当にただ見学している印象である。  今日は天気も良かった。トラックを走るべくスタート位置についたところで、フェンスの向こうにいる鮎奈に気付く。 ――なんだ、あれ?  その時、彼女の手首についているものにようやく気付いた。キラキラした、紫色のミサンガのようなものだ。しかしただのミサンガではなく、紫色の不気味な人形のようなストラップがくっついている。  可憐な少女が身に着けるにしては、ちょっとオカルティックな気がしないでもない。そういえば、朝からずーっと彼女はあれを手首にくっつけているような気がする。 ――お守りとか、そういうの?それにしては……。  まあ、それも後で訊けばいいか。集中するようにコーチに言われて、あたしは前方を睨んだのだった。  最近、タイムが伸び悩んでいる。去年は地区大会で準優勝だった。今年こそは優勝を狙いたいというのに。 ――とりあえず、今は集中しないと。  ぱあん!と鳴る空砲の音。地面を押し出すように、一気に前に飛び出した。  風を切る感触。躍動する筋肉。青い空の下、あたしは真っすぐ飛び込んでいく。走っている時、その世界に雑音は必要ない。聞こえるのはただ自分の鼓動と息の音。頬に触れるのは、鋭く切り裂くような風の感触のみ。 『……ありがとうございます、皆さん。私も一緒にやりたいのはやまやまなんですけど、でも……長くご一緒できないかもしれないですけど、いいですか?』  もし彼女が、親の転勤のせいで部活にも真剣に打ち込んでこられなかったのだとしたら。それはとても、とても寂しいことのように思う。  誰だって何かに真剣に向かって、誇れる自分になること以上に大切なことはないはずなのに。
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