10年目のサヨナラ

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20〇〇年12月末 夕食後にテレビをつけると、毎年年末に放送されているお笑い番組が始まろうとしているところだった。数組の芸人さん達がネタで競い合い日本一のお笑い芸人を決める番組である。 男女の司会者がオープニングトークで盛り上げ今年の出場者たちを紹介している。 普段あまりテレビを見ないので最近の芸人さんをあまり知らないのだが、年末のこの番組だけは何故か見てしまう。 「おっ!今年も始まったなぁ!楽しみやなぁ!」 リビングのソファの隣に座っている夫がポツリと言った。 「そだね。今年も始まったね~。ねぇ~?」 と言いながら膝の上で丸くなっている愛猫“ミカン”のアタマを撫でると 「ナァァァー」と「そやなぁ~」とでも言わんばかりにアクビをしていた。 “ミカン”は夫が私と結婚する前から飼っている猫である。鼻ペチャぐあいがたまらなく愛おしい。 夫とは10年前に結婚した。関西出身の夫とはお互いお笑いと猫が好きと言うことで意気投合し出会ってから結婚するまでそれほど時間がかからなかった。 子供にはまだ恵まれていないが充分幸せだと思っている。 テレビでは何組かのネタが終わり、司会者が次のコンビを紹介していた。 「それでは次いきましょう!今年で結成10年目のダークホース!!優勝候補と期待のコンビ!!レインボー!!!」 舞台に出てくる前にコンビ紹介として予め撮ってあるVTRが流れる。 レインボーと言う名前は初めて聞いた。結成10年目にしての大舞台だなんて...。 VTRの中で、コンビは10年目の意気込みと熱い想いを語っていた。コンビは以前、お互い違う相方がいたらしい。一人はある事を理由にコンビを解散し今の相方と組んだものの鳴かず飛ばずの10年間だったと言っていた。 紹介VTRが終わり、ご本人たちが舞台出て来てネタが始まった。優勝候補と言われているだけに初っぱなからドッカンドッカンと笑いをとっていた。その光景に夫も私もミカンまでもがテレビの画面に釘付けになっていた。 昔付き合っていた元カノあるあるネタ、昔の相方との思い出ネタなど自虐ネタを織りまぜ大爆笑を巻き起こしたダークホースはあれよあれよとトーナメントを勝ち抜き優勝トロフィーを手にしていた。 優勝後のインタビューで司会者がコンビに 「この喜びを誰に伝えたいですかー?」と尋ねると、1人が号泣しながら答えた。 「ボクを捨てた元相方と元カノに感謝を伝えたいです!おおきにー!!!」 と鼻水たらして叫んだので会場は大爆笑であったが、テレビの前では夫も鼻水たらして号泣していた。 「よかったね。」 私が言うと 「うん、うん、よかったわ。10年長かったわ。」と涙ながらに応えた。 11年前─ 夫は大阪でお笑いコンビを組んでいた。全く売れず相方とはしょっちゅう大喧嘩しては仲直りしていたが結局解散した。その後、夫はお笑いを諦め会社員として働き出した。相方はお笑いを諦めきれずに一年後新しい相方と新しいコンビを結成した。 夫と相方はとにかくお金がなかったので古くて狭いアパートに一緒に暮らしていた。ボロアパートのくせに名前だけは横文字で『Rainbow』と書いてあった。 そこに捨て猫だったミカンも暮らしていた。解散後、二人は別々に暮らす事となりミカンは夫が引き取ったらしい。それ以降、二人は会うことも無く11年がたち……。元相方が新しいコンビを組んだ後も夫はずっと相方を応援していた。だからこそ今回の優勝は夫にとっても特別なのだ── 「ねぇ、もし今、相方さんに会ったらなんて言いたい?」 番組終了したあと、テレビを消し寝室へ行こうとしている夫に聞いた。 「うーん。そやなぁー…。 しいて言うなら、『オレは芸人辞めたこと後悔してへん!なんでか言うたらこんなに良い嫁と出会えたからやー!お前が日本一の芸人なら、オレは日本一幸せなオトコやー!』って言うかな。ほな、おやすみぃー。」 そう言って夫は私の方を見て照れくさそうに〝ニッ〟っと笑って寝室へと消えてった。 「なっ、なに言ってんだか。ねぇ、ミカン?」 思いがけず褒められたので照れくさくなり、足もとで丸くなって寝ているミカンに話しかける。耳がピクンと動いてるので聞こえているのだろう。 「ミカンも嬉しい?レインボーの優勝。元ご主人様だもんね。懐かしかったね…。ねぇ?」 聞こえてるよと言わんばかりに耳をピクピクさせるミカン。 「優勝したんだね…。私も…嬉しいよ…。がやっと夢叶えたんだもん…。けど、まさかのネタで優勝するとは…ね笑?」 ──レインボーのネタに出ていたとは私の事だ。11年前、私は夫の相方と付き合っていた。そして夫たちが住んでいたボロアパート『Rainbow』にも出入りしていた。なのでミカンとは夫と出会う前からの顔見知りなのだ。 もちろん私は夫と元カレがコンビを組んでいた事を知っていたし、何度か小さなネタライブを見に行った事もある。ただ元カレは誰にも私を彼女だと紹介することはなかった。だから夫は私が元相方のカノジョだったことを知らない。その事は今も伝えてはいない。 なぜ誰にも紹介してくれないのか理由を聞いた事はなかったが、当時の私は結婚願望が強く、日本一の芸人を目指す元カレにとって〝重い〟存在だったんではないかと思う。だから言いたくなかったんではないかと思う。 結婚したい私と芸人を目指す元カレとの間には少しずつ距離ができ、夫とのコンビ解散と同時期に私も元カレの元を去ったのだった。 これが元カレにしてみたら、私と夫が自分の知らない間にくっつき二人同時に自分の元を去ったと勘違いしてしまったのだろう。 レインボーのネタに「元相方と元カノが自分の知らない間にくっついてボクを捨ててったんです!ツラすぎるでしょ?」と言って笑いをとっていたからだ。 もちろんそんな話は事実ではなく、夫とは10年前に参加した婚活『おひとり様バスツアー』再会したのだった。偶然にも隣りの席になり私たちは意気投合し結婚したのだ。 「まったく!勝手に勘違いして!ネタにするなんて!ねっ?ミカン。」 ミカンの方を見るとアクビしながら伸びをして 「ナアアアアアーーーーー!」 と鳴いた。 『イイカゲンワスレナヨ!』と聞こえた気がした。 そうだ。この10年間、ココロのどこかで元カレの事が気になっていた。売れない芸人を続けて生活ができているのか、ちゃんとご飯を食べれているのかなど。自分だけ幸せでいいんだろうかと。 けれど元カレは夢を叶えた。もう私が心配することは何もない。これからは一芸人さんとして応援していけばいいのだ。 「よぉしっ!」 私は携帯を手に取ると連絡先を開き、10年間ずっと消せなかった元カレの電話番号を消した。 ─おわりー
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