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「よし…」
豚の貯金箱に500円玉一つ入れて、絢音はそれを持ち上げる。
「そろそろ頃合いね。明日銀行に行って両替してもらって来よっと。」
そうして、お小遣い帳ととあるカタログを見つめて、絢音は小さく微笑む。
「喜んでくれるかな?藤次さん…」
*
「ん?」
夜。
小腹が空いたので戸棚の中を漁っていた藤次は、奥に隠すように置かれた豚の貯金箱を見つける。
「なんやこれ。貯金箱?」
持ち上げてみると、結構な重量があるので、藤次は瞬く。
「アイツ…一丁前にヘソクリなんかしとんかい。欲しいもんあるなら、言えば買うてやるし、小遣いかて上げたるのに…」
呟き、藤次は徐に背広の内ポケットから財布を取り出すと、一万円札を小さく折り畳み、貯金箱の中に押し込む。
「もうすぐ正月やし、お年玉や。欲しいもん、買えるとええな。」
そう言って、藤次は元の場所に貯金箱を戻して、戸棚の戸を閉めた。
*
「あれ?」
翌日、銀行で貯金箱の中身を両替してもらったら、お小遣い帳の記帳金額より一万円多いので、絢音は瞬く。
「おかしいな。昨日は合ってたのに…何処かで記入間違えた?」
パラパラとお小遣い帳をめくってみるが思い当たる節はなく小首を傾げたが、これなら…もうワンランク上の物が買えると、絢音の頬は上気する。
「名入れも、しちゃおかな…」
呟き、大事にお金を鞄にしまいながら、絢音は街中へと消えていった。
*
そうして目まぐるしく師走は過ぎていき、時節は1月1日…元旦を迎える。
初詣を済ませて帰宅し一服していると、藤次が徐にポケットからポチ袋を取り出す。
「ほら。今月分のお小遣い。正月やからお年玉も込みや。年末よう働いてくれたし、奮発したさかい、なんか楽しい事に使い。」
「う、うん…ありがとう。」
そうして受け取ると、かなりの厚みがあるので中身を確認すると、生活費と見紛う程の金額だったので、絢音は目を見開く。
「な、なによこれ!こんなお金貰えない!!いつもの2倍…ううん、3倍はあるじゃない!!」
「せやから、お年玉込みやて言うてるやろ?ボーナスも殆ど貯蓄やし、ワシも今はスーツくらいしか買うもんないし、お前が渡しとる生活費でやりくりしてくれてるから、貯まる一方や。たまには派手に使うても、なんも支障ない。せやから、遠慮のう受け取って?」
「でも…」
「しっかり働いてくれてる嫁さんに、相応の報酬渡しとるだけや。給料はおろか、ボーナスもない労働するんも、つまらんやろ?張り合いつけるためにも、しまっとき。その代わり、リフレッシュできたら、なんか美味いもん、食わせてや?」
「う、うん…」
優しく頭を撫でてくる藤次にそう諭され、絢音はポチ袋をちゃぶ台におく。
「こんな大金もらった後じゃ、出しにくいじゃない…」
「ん?なんや、おせちもお雑煮も食ったし、まだ何か用意してくれとんか?」
「…………」
不思議そうに自分を見つめる藤次に、絢音は徐に立ち上がり、戸棚の奥に隠していた、青いリボンのついた箱を取り出す。
「絢音?」
「藤次さんに、お年賀… 余った毎月の生活費やお小遣い貯めて、買ったの。」
「あっ!」
不意に、あの豚の貯金箱が頭をよぎる。
あれは、自分の為だったのか…
目を丸くして彼女を見つめていると、絢音が不思議そうに小首を傾げるので、藤次はハッとなり微笑む。
「なんや、随分可愛いことしてくれてたんやな。めっちゃ嬉しい。なに選んでくれたんや?見して?」
「ん…」
差し出された箱を受け取り開けてみると、「T.NATUME」と刻印が施された、一本の万年筆。
「お前…これパーカーやん!高かったやろ?!いつの間にこんなん買えるほど…」
「だって藤次さん。毎月のお小遣いもだけど、生活費だって充分過ぎるくらいくれるから、余ったお金将来の為にって貯蓄してたけど、日頃の感謝を込めて、何かしたくて…でも…結局また、私ばっかりもらっちゃって…」
そう言ってポロポロと泣き出すので、藤次は複雑そうに笑って彼女を抱き締める。
「泣きなや。お前がまさか…こんなにやりくり上手な嫁さんやて、思ってもみいひんかったんや。それも、そうやって貯めた金使う理由がワシのためやなんて、めっちゃ可愛いし嬉しい。大事にするな?」
「ホント?」
「うん。お前や思うて、肌身離さず持っとく。そんで、ここぞと言う勝負の時には、必ずこれで書く。せやから、仕事中も…ずっと一緒やで?」
「嬉しい……」
忽ち破顔して笑う彼女を愛しそうに見つめて、藤次は目尻に残った涙を指で拭ってやる。
「これからも、やりくり頼むで?ほんで今度は、貯まった金…2人の為に使お?ちょっとエエレストランで外食したり、遠出のドライブに使ったり、ゆくゆくは旅行出来るくらい貯めて、いっぱい思い出作ろう?ワシにはそれが、なによりも嬉しい…プレゼントやから…」
「うん…頑張る…」
「うん…」
そうして見つめ合い、キスをして、絢音は藤次にもらったお年玉で、更に大きな豚の貯金箱を購入し、必要な分だけ除けると、残りの全てをその中に入れて、真っ新なお小遣い帳に、新たな思い出への1ページを、書き記したのでした。
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