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「今日はありがとう。楽しかったよ」
篤紀との初デートは、あっという間に終わりを迎えた。
駅前で待ち合わせをした二人は、映画を観に行き、お洒落なカフェでランチをしたあと、ウインドウショッピングを楽しんだ。
「私も。すっごく楽しかった」
お揃いで買ってもらったパワーストーンのキーチェーンを握りしめ、結亜は満面の笑みで答えた。
「次会う時は東京かな?」
「そうだね」
これから二人は、新生活に向けての準備で忙しくなる。デートはしばらくお預けだ。
「それじゃ、また」
「うん」
名残惜しそうに、二人の視線が絡み合う。繋いだ手に、ぎゅっと力を込めたあと、篤紀はそっとその手を離した。
「夢じゃなかった」
篤紀と別れ、結亜はひとり呟いた。
ずっと繋いでいた篤紀の大きくて温かい手の感触が、今もなお残っている。結亜は胸の前で両手を握り合わせると、ふっと頬を緩ませた。
まだ少し火照りの残る結亜の頬を、春先の冷たい風が冷ましていく。立ち並ぶ家々から、柔らかな明かりが漏れ始めた。
どこからともなく、煮物の香りが漂ってくる。途端に空腹を覚え、結亜は家族の待つ温かい我が家へと足を早めた。
公園の角を曲がった時。
向こうから来た女性と危うくぶつかりそうになり、結亜は素早く身をかわした。
「すいません」
慌てて謝る。ニット帽を目深に被ったその女性は、俯いたままの姿勢で結亜の横を通り過ぎた。
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