派遣先の人気者の彼は

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派遣先の人気者の彼は

ある日突然目の前に現れた彼は、ひどく女たらしと噂の男だった。 本当にあの人、紺野君? 同姓同名の別人だろうか。 でも、その顔には面影が残る。 その人の噂は事前に女性社員の中村さんから聞いていた。 中村さんから聞けば、社内の大抵のことは分かるほど彼女は情報通だから、多分間違いない。 まさか、その人が…。 あの彼だったなんて…。 よくモテるのは相変わらずみたいだし、多分間違いない。 やっぱり、今でも変わらず彼はすごく素敵だった。 まさか、大人になってこうして再会するとは夢にも思ってなかったけれど。 思い起こせば数年前、同窓会で一度再会した。 だけど。お互い話しはしなかった。 なぜなら眩しすぎる彼に近づけなかった私が彼を避けたから。 だってあの時、私には別の彼がいたんだもの。紺野くんではない彼が。 遠距離恋愛になって疎遠になった私たちは気がつけばいつしか自然とそうなった。 でも、それは私のせい。 待ちきれなかった私のせい。 だからもう、彼を恋人とは、呼べなくなった。 ちゃんとしたお別れをしたわけじゃない。 あんなに大好きだったはずの紺野くんのことを待てずに、私がまた寂しさに負けただけ。 だから…。 普通に話すことなんて、出来なかった。 そんなことをするくらいなら、行かなければいいのに。 それでも紺野くんの顔を見たいばっかりに、私は同窓会に参加した。 キラキラしたその相変わらず眩しい顔をみたとたん、案の定、私はキラキラした紺野君に怖じ気づいた。 また、避けるように下を向く…。 あれから数年後。 派遣社員になった私が偶然派遣された職場で彼と会った。 会うはずのなかった彼との再会で、私の止まったままの時計がまた、静かに動き出す。 前の職場で付き合っていた彼とは、あのあと間もなく分かれた。 前の彼とはあのあと気まずくなって職場にいづらくなって逃げるように退職して。 とりあえずの繋ぎで始めた派遣社員。 職場も変わり、一人暮らしもやめた。 久しぶりに実家に戻ると、ほったらかしだった庭の向日葵は毎年自分で種をこぼして芽をだし、今年もたくましく元気に顔を出していた。 そのとなりに見慣れない鉢植え。 「母さん、これ何?」 「勿忘草ですって。お花屋さんに久しぶりに行ったら、店長のさんのヒヨリさんが勧めてくれたのよ。」 陽葵(ヒヨリ)さんは近所のお花やさんの店長さんで、紺野君のお姉さんだ。 母さんは学生時代に私が紺野君と両想いだった時期があったことなど、知らない。部活で忙しかった彼と、それを見守る私は人前であからさまにイチャイチャすることも殆どなかった。 周りの人が気づかないほどにひっそりと、ただ心と心が繋がっただけの純愛だったから…。 だけど彼のお姉さんのヒヨリさんは知っていた。私たちの真剣なこの想いを。 就職して一人暮らしを始めてからと言うもの、実家にたまに顔を出せば、まだ結婚はしないのかとしきりに親は心配し、誰かを紹介してこようとしてた。 本当に余計なお世話だし、ありがた迷惑な話だ。 だから自然と実家に顔を出す回数も最近ではめっきり減っていた。 そんな私が突然、会社を辞めてアパートも引き払って来たのを察し、ここ最近は恋人の話は口にしなくなった。 合間をみて就活中の私に気遣い、母さんは心配そうに目を細める。 そんな私の目の前にこうしてまた、あの懐かしい彼が現れた。
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