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おかしな空気
次の日。
なんだかちょっとおかしな空気が流れた。
小畑さんに睨まれてる鎌田さんは朝からご機嫌で私に近づいてきた。その小畑さんは朝から機嫌が悪い。
「派遣さん、昨日のこのデータ、こっちの最新のに差し替えといてくれる?」
「はい。わかりました」
作成者が小畑さんになっていた古いデータを、鎌田さんが作成した最新のものに差し替えた。
いつも仲良しの二人は今日、一度も目を合わせないし口も訊いてない。小畑さんは朝からご機嫌斜めだ。
昨日は結局どうしたんだろ。
やっぱりこの感じだと、鎌田さんがお持ち帰りされたのかな?紺野くんに。
紺野くん、そうなの?なんてね。
あたしには関係ないか。
そんなことを訊けないし、訊く勇気もなかれば、訊ける立場でもない。
今日は部長に連れられてやってきたお客様が応接コーナーに通された。
貫禄のある男性と、その後ろに二人。若い男性と綺麗な女性。
営業担当の紺野くんが応接コーナーに顔を出すとその女性の顔色が見るからに変わった。
あの目は明らかに紺野くんを意識してる。
紺野くんが見つめ返す度に嬉しそうに微笑んでる。
私がいつものようにお茶を出そうとすると、小畑さんがそれを私から取り上げた。
「派遣さん、こっちは私がやるから、あっちのほうをお願い。」
小畑さんの机の上には今朝来た郵便物が山のように積まれている。
「はい、わかりました…」
小畑さんのデスクの上の郵便物を持ってきて処理した。メールチェックも済ませた。
トイレに行き、一息つくと、個室に閉じ籠った。この時間だけは誰にも邪魔されないから唯一の私の隠れ家で憩いの場所だ。
便座の上で腰を掛けたままスマホを開き、大きくため息を漏らした。
すると誰かが入ってきた。隣に入り用を済ませて流す音が聞こえた。
するとあとからまた足音。
洗面台の前あたりで二つの気配が重なる。
「昨日は先に帰るふりして外でもしかして紺野くんのこと待ってたの?」
「なんで?」
「あのあと見かけたんだから。先に帰ったはずのあんたと、少し前にあたしと別れたはずの紺野くんが一緒に歩いてたところ。」
「え…?」
「解散してからコンビニで買い物してたら通りかかった。そうなんでしょ?」
「違うよ、人違いでしょ?」
「とぼけたって無駄。ちゃんとみたんだから。二人がホテルに入っていくとこ。」
「え?着けたの?」
「ほら、やっぱりそうなんだ。」
「なに?もしかしてかまかけた?」
「なによ。随分誇らしそうな顔して。」
「だって紺野くんから私を誘ってきたんだもん。」
「は?」
「ワンナイトしよって。」
「あんたもそう言われたの?」
「あんたもって?じゃあ小畑さんも?」
二人が黙ったところでうっかりくしゃみが出てしまった。
私はもう、トイレに籠っていられず、トイレを流し、何食わぬ顔で出てきた。
二人とも気まずそうに顔を背けた。
「派遣さん、今の話聞いてた?」
「はい??なんですか?」
わざとらしく耳からワイヤレスイヤホンをとるふりをしたのはトイレから出る直前に急いでつけたもの。
「ううん、なんでも…ない」
気まずそうな二人の横を通りすぎトイレをあとにした。
今一番気まずいのはここから出てきたこの、私だ。
二人のいざこざに巻き込まれたくないし、このおかしな空気に首を突っ込む気はない。
紺野君のことはすごく気になるけれど私がどうこうすることじゃない。
もう、何年も前から紺野君と私とは、何の関係も無いんだから…。
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