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彼は遠い人
「彼氏は元気?」
お昼休みに給湯室でコーヒーを用意していると背後で人の気配がして振り返ると紺野君が入ってくるところだった。急に声をかけられたから思わずビクッとなった。
顔を合わせた紺野君がいきなり私にそんな事を訊いてくるとは思わなかった。
なんだ…。
私に話しかけたくない訳じゃないんだ。向こうから話しかけてくるなんて、珍しい。
この会社に派遣されてもう数ヶ月たつけれど、こうして二人でちゃんと向かい合って話すのは初めてだ。
はっきりいって私の方から避けてたし、気まずくて目も合わさなかった。
紺野君はいつも他の女の人たちに囲まれてたから余計に話しずらかったし、私なんかのところにくる用事もなかったんだろうけど。
そうしてなんとなく、お互いに避けていたような気はする。
紺野君だって変に距離をとってて、今まで話しかけてこなかったのに…。
なんだろう。急に…。
「元気だよ。」
少し気まずくてまた俯きながらそう答えた。
「やっぱりそんな顔すんだな…」
「え…?」
「なんか、あんま俺と話したくない感じ?」
「そんなこと、ないよ…」
けど、数年ぶりに会って話す内容が、それか…。なんてね…。
もうとっくに元彼とは別れていたけど、別れたなんて言えなかったのは、私の見栄だったのかもしれない。
今の気持ちを知られたくなかったから。今でも本当は紺野くんが好きだなんて。
こんな風に変わってしまった紺野くんを今でも好きだなんて言えないし、絶対に知られたくない。
紺野くんは相変わらずどころか、昔よりも素敵になって、昔よりも人気者で。
そしてかなりの噂通りの女たらしだ…。
そんな近くて遠い存在の紺野君に私から近づけるはずがない。
だから、話すことなんかきっとないと思ってたのに…。
「そっか。じゃあうまくいってるんだよな…?」
「まあ、ね…」
ていうか、それ何の確認?
何年かぶりに会話を交わした彼とはそんな話をした。
本当はもっと別の話をしたかったのに。あれからどう過ごしてたの?とか?
聞きたいことはいっぱいある。
でも、聞けない。
女タラシの噂のこととか気になるけど、ストレートに訊けるはず無いし。それが一番気になるところではあるのだけど…
だから余計に気まずいんだ。こうして顔をあわせるのさえも…
彼のほうは別にそんなに深く話すつもりはないみたいだ…。
それだけきくとすぐに黙った。
もう、今となっては私たちのことは過去の話だし、紺野君は私なんかじゃなくても引く手数多でモテ放題なんだから今さら私なんかに構うこともないのだろう…。
昨日の事だって本当は気になるし、訊いてみたいけれど…。
紺野くんはあれから鎌田さんと特別イチャイチャしたり仲良くするわけでもなく、小畑さんとも相変わらずだ。どうやらあの飲み会のあと、鎌田さんとの関係に進展があったわけでは無さそうだ。二人に体の関係があったのかどうかは別として…。
そんなことを考えていたらやっぱり紺野君が遠い人に感じた。
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