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第5話「怪奇!××××しないと出られない部屋!?」
とんでもないことになったと、俺は部屋の中央に置かれた円形上のベッドに腰を掛け一人で頭を抱えていた。
今、俺達はとんでもない場所に監禁されてしまっている。きっかけはケイからの情報だ。とあるホテルを怪物が乗っ取ってしまったという話を聞き、俺と嵐は調査をするためにそのホテルに向かった。
六丁目の繁華街の奥にあるというそのホテルに、何となく嫌な予感がしてはいた。まさかな……と思っていた。でもそのまさかだった。
妙に西洋風の外観を装ったその中くらいの建物には、目が痛いチカチカとしたライトのついた看板。その看板には「ホテル・ラヴレシア」と紫色の独特なフォントで書かれていた。
到着してすぐに俺は察する。ここは……ちょっとアレなホテルであると。いや、もう着く前からわかっていた。
六丁目の繁華街の奥は風俗店やいかがわしいホテルが集まっているのだ。いわゆる風俗街というやつで、道中でも俺と嵐をパブに連れて行こうとする国籍不明の女性に何人も遭遇したし、別のホテルに入る男女も視界の端に見えたりなんかした。
あまり長居するのもまずいしとりあえずとっとと調査に入ろうと、外観にキラキラと目を光らせる嵐を引っ張って辺りを気にしながらホテルに入る。確か、情報では二階の八〇一号室に怪物が居座っていると聞いた。その部屋が選べるのかフロントに聞いて見ると、フロントにいた女性は怪しい笑顔で俺に無言で鍵を渡してきた。胸騒ぎがする。
部屋の場所を聞くと、俺達は狭いエレベーターで二階に上がり八〇一号室へ向かう。廊下で誰かに会ったらすごく気まずいだろうなと焦ったが、幸い人に会うことなく部屋に入れた。
部屋の中は思ったより広くはなかったが、その広さを誤魔化すかのように内装が派手である。外観も西洋風だったのと同じように、部屋も西洋の形を模した豪勢な作りだ。そして何より、部屋の中央に置かれた丸いベッドを見ていると「ああ、本当にここってそういうホテルなのか……」とむしろ諦めた気持ちになってしまう。
「すごいな」
嵐がうろうろしはじめる。多分、俺が考えるに嵐はこういうホテルに来た事がない。なんとなくわかる。だって、来たことがあったらこんな物珍しそうにしないだろう。
怪物が居座っているとの情報もあるし、俺も警戒しながら周囲を見渡す。しかしそれらしい気配はない。風呂場や隠れられそうな所も探してみたが、怪物は見当たらなかった。
あの情報はデマだったのか。でも、ケイがそんなデマを持ってくるだろうか。それに、あのフロントの女性の怪しい笑みが気になる。
「三代木、スイッチがいっぱいある」
いつのまにかベッドの上に上がっていた嵐が、枕元にある無数のスイッチをキラキラした瞳で指差している。俺は何とも言えない気持ちになった。なんだろう、この罪悪感。
「あー……あんまりいじるなよ? 一応情報だとここが怪物のアジトとも言われているし」
「ぽち」
「人の話聞いてたか?」
嵐がスイッチの一つを押した。すると、ベッドの近くにあったブラウン管テレビに勝手に電源が入った。どういう仕組みなんだよとテレビを見ていると、ザーッという砂嵐の後に……フロントにいた女性が映りこんでぎょっとする。
「待っていたでヤンスヨ……三代木、それに驚飆のガデン!」
「な、なんだ……?」
俺と嵐がテレビに釘付けになっていると、テレビにまた砂嵐が走る。そして、女性がいた位置に、頭が毒々しい色をしたデカい花の形になった化け物が映りこんだ。
「お前か! 例の化け物というのは!」
「フレフレフレ! そうでヤンス! ウチの名前はラヴレシア! このホテルの管理人でヤンスヨ!」
くそ、まんまと罠に引っかかったという訳か……。
「お前の目的はなんだ!」
「そんなのは簡単でヤンス! 三代木にガデン……お前らにある命令を受けてもらう為でヤンス!」
「命令だと? 誰がそんなの……」
「おっとっと、いいんでヤンスか? ウチに逆らうと、その部屋から一生出られなくなるでヤンスよ?」
ガチャン! と大きな音がして入り口の方を向く。俺は慌ててドアの方へと駆け寄りドアノブを回した。押しても引いてもびくともしない。一体どんな力が働いているんだ!
「お前の命令とはなんだ」
俺がドアの方にいるうちに、ベッドにいた嵐がテレビに問いかける。ラヴレシアは「聞く気になったでヤンスか?」と楽しそうに声を弾ませる。
「命令は簡単でヤンス! その名も……『ラヴラヴッ! ホテルで××××しないと出られない部屋!』でヤンス!」
ラヴレシアの言葉に一瞬、放送禁止用語がテレビで流れる時などに使われるピーっという音が入り込む。嵐も俺も頭に「?」を浮かべた。
「おい、肝心な所が聞き取れなかったんだが」
「だから××××でヤンス! 小説投稿サイトに引っかかったら嫌だから伏せているでヤンス! わかれ!」
いやわかんねーよ。コイツは一体俺達に何をさせたいんだ? 俺達がテレビを凝視していると、ラヴレシアは「しょうがないでヤンスねえ……」と何故かやれやれモードで肩を竦めた。なんだこいつ。
「つまりでヤンスヨ? お前らがウチの飯のおかずになってくれればいいんでヤンス。はいこの説明終わり。じゃ、マジで××××しないと二度とこの部屋から出さないんでよろしくでヤンス~」
「あっ、おい待て!」
俺がテレビに飛びつこうとしたのも空しく、テレビはぶつりと音を立てて切れた。
……そして、冒頭の頭を抱えている俺のシーンに戻る。
あれから一時間程外に出られないか二人で試したが、窓もドアも開かなかった。ガデンに姿を変えた嵐が壊せそうな場所を殴ったりしてもびくともしない。ただのホテルだと思ったのに、一体どういう材質で出来ているというんだ。
「迂闊だったな三代木」
頭を抱える俺の横で、悠々自適にベッドに寝転び枕元のスイッチで遊ぶ嵐。さっきからピンクのライトがついたり消えたり、たまにベッドが回転したり、変にムーディーな音楽が流れたり。いつものことになってきたが、嵐には緊張感がなさすぎる。
「……なあ、嵐。ラヴレシアの目的、なんなんだろうな?」
「さあな、俺達を飢え死にでもさせたいんじゃないのか」
「けど、何か行動を起こせば出してくれる……というような口ぶりだったし、俺達が何かをすれば出られるとは思うんだが……」
俺はもう一度、ラヴレシアが言っていた命令を思い出す。ホテルで何かをしないと出られない……ラヴラヴ……え?
俺は一つの考えに辿り着いた。その途端、どばっと冷や汗が滲む。
「何か思いついたか」
「……あ、いや……」
「おい、思いついたなら言え三代木。気になるだろうが」
嵐が身体を起こして俺の隣に座る。真剣な眼差しがこちらを見ているが、非常に言いづらい。それにこれでこの予測が間違っていたら滅茶苦茶最悪だ。いや、間違いであってくれよ。
「三代木、早く言え」
眼前に嵐の顔が近づいてくる。うああああああ今の状況でそれはまずいからッ! ちょっと待ってくれ!
俺は顔を逸らし、でもやっぱり嵐には言いづらくて咄嗟に口走ったのは全然違う言葉だった。
「……し、修学旅行……」
ンなワケあるかと自分でも思った。こんないかがわしいホテルで、修学旅行なんてする訳がないだろ。まず未成年入れないし。
きっと嵐も「何言ってんだこいつ」という顔で見ているに違いないと、ちらりと目の前にいる彼の顔をチラ見する。
「修学旅行ってなんだ」
「……え? 知らないのか?」
嵐が不思議そうな顔をしている。俺も不思議な顔になる。嵐の通っていた学校はもしかして修学旅行がないタイプの学校だったのだろうか? ……ていうか、そもそも嵐は学校に通っていたのだろうか。色んな疑問が湧いて来る。
「というか、こんな狭い部屋で旅行なんかできないだろ。何言ってるんだ三代木」
「ま、まあそうなんだが……そう! 修学旅行っていうのはな、勿論旅行はするんだが、実は醍醐味があって……それが夜のお泊り会なんだ!」
「お泊り会?」
「ああ。宿泊施設で、友達と一夜を明かすんだ。これが結構楽しくて、皆でトランプしたり枕無げしたり……たまに誰かが抜け出して彼女に会いに行ったりして、それを茶化しに行って……」
俺は中学の頃の修学旅行を思い浮かべる。あの時の楽しかった思い出は今も宝物なんだよなあ……と、俺が思い出に浸っていると、嵐が神妙な顔つきのまま言う。
「で、つまりどういうことだ」
「あ……えーとだから、つまりだな? 俺達がここで、そのー、修学旅行のお泊り会的な事をすればラヴレシアは俺達を解放してくれるんじゃないかなって、そう言いたいんだ!」
本当は全然違うもっと最悪な事しか考えてないんだけどな。でも今はそういう事にしておこう。俺の憶測は間違っているかもしれないから。
嵐は歯切れの悪い俺の言葉に納得してくれたのか「なるほど」と顎に手を添える。嵐も多分、想像があんまりついていないのだろう。
「とりあえず詳しい事は食料を探してからにしようか」
俺は言いながら立ち上がる。少し離れた場所にある備え付けの小さな冷蔵庫を開けると、缶ビールが数本……の隣にある謎のピンクの小瓶は無視。それから、何故か分からないがチョコレートやプリンといった嵐が好きそうなスイーツと、俺が最近よく買っているスーパーの惣菜が入っている。これだけ俺達の好物しかないと、逆に何かすごく怪しいな……。
「食料、あったのか?」
ベッドの方から嵐の声。俺はそっと冷蔵庫を閉じて「……あったけど、食べない方がよさそうだ」とだけ言っておいた。ラヴレシアが何を企んでいるかわからないから、迂闊に手が出せない。
「そうか。じゃあ風呂に入ろう三代木」
「……え?」
唐突な提案に俺は首を傾げる。え、何で? という疑問を無視して嵐が俺の腕を引っ掴み風呂場に引っ張っていく。いきなりどうしたのかと戸惑いながらも脱衣所に入ると、空気がほのかに温かい。
「三代木に見せたいものがある」
嵐がぐいぐい俺の腕を引き、服を着たまま浴室に入る。まさかそういうプレイとかじゃ……とかいう下世話な妄想を追い払った。
「ほら、三代木。泡」
我に返ってみると、白いタイルの敷き詰められた浴室にある大きめのバスが泡でいっぱいになっていた。「さっき風呂場の棚に入浴剤があったから使った」と嵐が付け足す。嵐はどうやらこれを見せたかったらしい。
そういえば、嵐がテレビドラマか何かを見て「泡風呂がやりたい」と駄々をこねた時があったな。俺は掃除が大変だから嫌だと言ったんだった。もしかして、ずっとやりたかったんだろうか。
「早く入ろう」
「……一緒に入るのか?」
「一人じゃつまらないだろ」
楽し気に細められるルビーの瞳は子供の無邪気さしかなく、むしろ邪気しかない俺が惨めに感じた。本当にごめん、嵐。
とてつもない罪悪感に満ちた俺は、結局嵐と一緒に風呂に入った。サウナットウの時に一緒に風呂に入ったこともあるし、そこまで気まずい感じはない。まあ、銭湯とホテルとじゃ全然話が違うのだが。
そんな俺とは裏腹に、嵐は終始楽しそうに泡風呂でもこもこしていた。子供みたいにはしゃぐ姿が微笑ましく思えて、段々弟が出来たみたいなそんな気分に変わっていった。
風呂場から出ると、脱衣所に見覚えのない濃い緑のジャージが二着置いてあった。風呂に入る前はなかったものだ。広げてよく見ると、ジャージの胸元に俺の名前と嵐の名前が書いてある。俺と嵐は顔を見合わせ「もしかしてラヴレシアはこの部屋にいるのではないか」と二人で着替えてから部屋を探し回った。だが、ラヴレシアは見つからないしドアも窓も開かないまま。あと、戸棚を開けたらトランプと鉢植えが出てきたからベッドの近くのテーブルに置いた。
それからしばらくラヴレシアを探し回っているうちに腹が減った俺達は、冷蔵庫の食料に手を付けた。流石に小瓶には触らなかったけど。
怪しいと思いつつも食べた惣菜はちゃんといつも俺が買っている味がして、嵐はプリンが美味いと嬉しそうだった。食事をして時間が経っても身体に何の変化も起きていないし、どうやら食料自体は無害のようだ。
「くそ、ラヴレシア……絶対何処かで俺達を監視しているに違いない」
俺はベッドに座りながら冷蔵庫にあった缶ビールを呷る。いつもスーパーで買うのよりちょっと高くて美味しいビールがあったことが地味に嬉しかったりするが、喜んでいる場合ではない。
「だが、抜け穴は何処にもなかったぜ」
嵐はベッドの傍に置かれた椅子に座って、冷凍庫から見つけたソーダのアイスを食べている。俺も後で食べようかな。
「い~や、絶対、アイツは何処かにいる。あと一本飲んだらもう一回探す……」
「……三代木、お前顔が赤いぞ」
重たい頭を動かして嵐を見る。ふわふわと浮足立つような感覚に、自分でも酔っぱらっている自覚はあった。最近全然飲んでなかったし、酒の回りが早い気がする。だが、酔っぱらっている暇はない。もう酔っぱらっているけど。
ふらっとした足取りで立ち上がり、冷蔵庫に向かおうとしてみる。だけど思った以上に足元がおぼつかなかった。俺ってこんなに酒弱かったっけ。
「三代木、危ないだろ」
気づくと、俺の身体を立ち上がった嵐が支えてくれる。嵐の呆れた声にふふふと笑みを漏らすと「何笑ってるんだ」と嵐が言う。
「いやあ、君は良い男だなと思ってさ。強くてカッコよくて……それでいて綺麗だな」
「……褒めても何も出ないぞ」
「わかってるよ。別に何が欲しいなんて言わないけど……でもさ、たまには俺も君みたいな力が欲しいと思ったりもするんだ」
零れ出た本音。君みたいになれたら、きっともっと色んなことが出来るだろうに。羨ましいなと思わない事はない。俺も、嵐みたいなスーパーヒーローになれたらよかったのに。いつもは言わないが、今日くらいいかなと、つい言ってしまった。
「……そんなにいいもんじゃない」
嵐の言葉に顔を上げると、ルビー色の瞳と目が合う。宝石のように透き通った瞳の中に、何処か仄暗い悲哀が混じって見えたのは気のせいだろうか。
「なあ、嵐」
俺はすぐ傍にある嵐の瞳を見つめた。嵐は静かに「なんだ」と目を逸らさずに返してくる。
「修学旅行の醍醐味、ババ抜きをしよう」
「……ババ抜きってなんだ」
俺の提案に、嵐の瞳が細められる。俺が「トランプを使ったゲームだよ」と笑うと、嵐はすぐに「ルールが知りたい」と乗ってきた。
一旦二人でベッドの上に戻ると、さっき見つけたトランプを片手に俺はババ抜きのルールを説明した。嵐はすぐにそれを理解して、ババ抜きが始まった。
正直二人でババ抜きをしたところで味気ないんだけれど、嵐とゲームがしたくなったのだ。それこそ修学旅行の夜みたいに。色んなしがらみから、少しでも気を紛らわしたい気持ちで。
ババ抜きは俺が負けたから、今度は神経衰弱で遊んでみた。俺が酒で意識がふわふわしているのもあるのだろうが、それでも嵐の驚異的な記憶力によってこれまた俺の敗北。もう一戦勝負を仕掛けても負けた。悔しくて、ベッドの上で「やってられるかー!」と叫んでトランプをぶちまけると、「子供みたいだ」と嵐が笑った。嵐が笑うと、少し嬉しい気持ちになる。
「まったく、君には敵わないなあ」
言いながら俺はベッドに仰向けに寝転がると、鏡になった天井に自分の姿が鏡に映りこむのが見えた。三代木、と名前の書かれたジャージを着る俺。学生の頃に戻ったみたいで、何だか笑えた。俺、もう二十代後半なんだけどな。
鏡に映る自分をぼんやり見ていると、隣に嵐も一緒に寝転がるのが見えた。
「修学旅行とは楽しいものなんだな」
嵐の呟き。俺は「ああ、楽しいものだよ」と言ってみせた。
もし、学生時代に嵐に出会っていたらどうなっていたんだろう。俺は嵐と仲良くなれたのだろうか。無茶苦茶なことばかりする嵐に、今みたいに振り回されていたのだろうか。そんな「もしかしたら」を考えていると、嵐がまた小さく言う。
「もっと、早く会えてたらよかった」
嵐の言葉に、横を向く。天井を見る嵐の顔はどこか切なげだった。どうしてそんな顔をするのだろうと、聞きたくなったけど聞かなかった。
「……そしたら俺は君を逮捕してたと思うぞ?」
代わりに冗談めかしくそう言って見ると、嵐は「確かにそうかもな」と俺の方を見て微笑んだ。
さっき、「もしかしたら」って考えてもみたけれど、やっぱり今出会った事に意味がある様な気がした。きっと今じゃなかったら、また俺達は別の関係になっていたと思う。
「きっと今じゃなきゃ、駄目だった。俺は今、嵐に会えて嬉しいよ。いつも……力になってくれて、ありがとう」
俺がそう言うと、嵐が少し驚いたように目を見開く。そんな表情も出来るんだなって笑おうとしたが、嵐の顔を見ているのが気恥ずかしくなって俺は嵐に背を向けた。
「ね、眠くなってきたから一旦寝る。何かあったら起こしてくれ」
「……ああ」
嵐の曖昧な返答を聞いて俺は目を閉じる。いつも言いたくても言えない事を言う事がこんなに恥ずかしい事だったなんて思わなかった。全部久しぶりに飲んだ酒の所為だと言い聞かせて、俺は静かに意識を手放した。
……眠ってから何時間か経過した頃。
カリカリカリカリ……シャーッ! シャーッ! ハアハア……と、何か不思議な音がして沈んでいた意識が浮上する。それからすぐ、鼻を掠める肉が腐ったような強烈な腐敗臭。
なんだ? ともそもそと起き上がる。霞む視界を擦って、辺りを見回し……俺はぎょっとした。
「な、なんだこれ……⁉」
気づくと、部屋中に植物の蔦の様なものが広がり、緑が生い茂っていた。まるで室内がジャングルにでもなったかのような有様に驚いて、俺は隣で寝ていた嵐を揺すって起こす。
「あ、嵐! 起きろ! 大変なことになってる!」
「……んぐ、なんだ、うるさいぞみじろぎ……」
まだ半分くらい眠った状態の嵐が身体を起こす。それからぼーっとした顔で辺りを見回すと「……夢か」と言ってまたベッドで寝ようとする。
「馬鹿! 夢じゃない! ちゃんと現実だ嵐!」
俺がもう一度横になった嵐を揺り起こそうとした時だった。
「ストォーップ! その体勢でとまるでヤンスヨォ!」
「⁉」
突然響いた声。独特な語尾からして、ラヴレシアに違いない。俺はすぐにラヴレシアの姿を探した。だが、ジャングルのようになってしまった部屋の中にラヴレシアの姿は見当たらない。
「……三代木、上」
嵐が眠たそうに天井を指差す。俺は嵐の指さした天井を見上げた。
「……なっ」
鏡張りの天井に、テレビの画面で見たラヴレシアの姿。天井に根っこを広げて張り付いているのだろう。その手には……スケッチブック?
「ハアハア! 最高でヤンス! 男同士の生のいちゃいちゃは最高でヤンスゥ!」
カリカリカリカリ……シャーッ! シャーッ! ハアハア……。ラヴレシアの方から、起きた時に聞いた音が聞こえる。あれはラヴレシアの手が素早くスケッチブックに何かを書き留めている音だったのか。ていうか息遣い荒すぎるだろ。
「三代木ッ! もっとガデンの近くにいくでヤンス! 身体が重なってる絵を描くのが一番難しいんでヤンスヨ!」
「おまっ……お前! 俺達をスケッチの題材にするんじゃない!」
「うるっっっせぇえええ~~でヤンスヨ! とっとともっとくっついてぎゅちってしてぶちゅってするでヤンスヨォ!」
「擬音がいちいち汚い!」
誰がするかそんな事! 天井から移動してベッドの回りをちょこまか動き回り始めたラヴレシアと言い合いを繰り広げていると、嵐が静かに首元につけられたチョーカーに手を当てた。
「アルケマイズ、ガデン」
即座に嵐の身体が黒いリボンに包まれ、鮮やかな驚飆のガデンへと変わる。ガデンは起き上がるとハンマーを片手にのそのそとベッドから下りていく。
一体何をするのかと見ていると、ガデンはベッド脇のテーブルに置いてあった鉢植えをハンマーで勢いよくぶち壊した。
「フレェエーッ!」
その瞬間、先ほどまで俊敏な動きを見せていたラヴレシアが悲鳴を上げてその場に静止する。そのままばさりとスケッチブックと鉛筆を手から落とし、しゅうしゅうと音を立てて萎れ枯れ果てていった。
ラヴレシアが消失すると、部屋に生い茂っていた草木も同時に枯れて消えていく。もしかして、ラヴレシアの本体はガデンが壊した鉢植えだったのだろうか。
「これで寝れるな」
ガデンはそう言うと、そのままベッドにまた横になる。まるで、目覚まし時計でもぶち壊した後みたいな清々しさだった。
「……出られるのか?」
俺はゆっくりとベッドから下りて部屋のドアの方へ向かっていき、ドアノブを捻った。ドアは呆気なく開き、俺達が解放されたことを知る。
ほっとため息をついて、俺はガデンにドアが開いた事を伝えに行こうとまたベッドの方に戻ろうとする。その途中、床にラヴレシアが手にしていたスケッチブックが落ちているのを見つけて拾い上げた。
アイツは一体何を描いていたんだろうとぱらぱらとページをめくり……死ぬほど後悔した。
何を見たかなんて到底言える訳もない。言いたくない。早く忘れたい。だが一つ言えるのは、俺はラヴレシアを一生許さんということだけだ。
「……」
俺はスケッチブックをそっとゴミ箱に入れると、何もかもを忘れるために冷蔵庫から缶ビールを一本取り出した。
全てを忘れるために必要なビールは、あと何本だろうか。
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