第9話「時よ止まれ!運命のパズルを解除せよ」

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第9話「時よ止まれ!運命のパズルを解除せよ」

 ずきり、頭の後ろの痛みで目が覚める。  ぼやけた意識がゆっくりと浮上するのと同時に目を開けた。 「……ここ、は?」  俺は辺りを見回す。ショベルカーで掘られたであろう大きな穴、剥き出しの赤い鉄骨や土管が乱雑に放置された砂地に、クレーン車やトラックといった重機が数台止まるここは……なにかの建設現場らしい。遠くにビル群が見え、ここが中心地から少し離れた場所な事が分かる。  だが、何故俺が一体ここにいるのかがわからない。しかも、俺は何故かこの広大な建設現場のど真ん中で何か硬い柱の様なものに縛り付けられている。両腕を広げるように縛り付けられ、磔にされているのだ。  俺は後頭部の痛みに急かされるようにして、どうしてこんな風に縛られているのかを必死に思い出そうとした。  確か、朝早くに俺は情報屋のケイに呼び出されたのだ。それも、嵐にバレずに一人で来いというお達し付きで。不思議に思いながらも、俺はケイの元へと向かった。そしていつもの喫茶店でケイと合流し、ケイからある情報をもらったんだ……と記憶を辿ったところで、俺はハッとする。 「そう、だ……俺は……」  思い出した衝撃的な記憶。またズキリと頭が激しく痛んで思わず目を閉じた。  俺は、ケイから情報を得たんだ。驚愕の事実を。それを聞いたとき、何かの冗談かと思って笑えたんだ。でも、極秘事項というハンコの押された紙の資料を手渡され、それに目を通して俺の心臓は凍った。  そこから何と言ってケイと別れたのかわからない。ただ、俺は喫茶店を出てすぐに家に帰ろうとした。そこまでは覚えている。家に帰ろうとして……そこからの記憶がない。つまり、俺はそこで何者かに襲われてここに連れてこられたのだろう。  ケイとの会話を思い出し、混乱と不安が胸を支配し始める。こんなところで磔になっている場合じゃないのに。俺は、もっと大事なことを知らなければならないのに。俺はなんとか縛られた腕が自由にならないかと必死に抵抗した。 「そんなことをしても無駄でございますよ、三代木様」  突如響いた声に辺りを見回す。風に舞う砂埃の中に、黒い影。 「誰だ!」  俺が叫ぶと、砂埃の中からそいつは姿を現した。  頭がパズルのピースになった、一つ目の怪物。タキシードのような礼服を身にまとったその怪物は俺の方に近づいてきて言った。 「ごきげんよう、三代木信彦様。私はラストピース。以後お見知りおきを」  丁寧なお辞儀をしたラストピース。俺はラストピースを睨みつけながら「……お前も、財閥の手下か」と吐き捨てるように言った。顔を上げたラストピースは、一つ目を緩く細めて言う。 「はい。私は黄金原財閥で働いている人工生命体の一種でございます」 「……俺をついに消しに来たのか。財閥は」 「ええ、サヨウでございます。財閥から、三代木信彦を消せとの命令を仰せつかりました。貴方がガデンと離れた隙に……とのことで」  ガデン。その名を聞いて俺はドキリとする。だが、動揺を悟られないようにわざと笑った。 「はは、そうか。でも、どうしてここまで俺を泳がせていたんだ? 消すには遅すぎたんじゃないのか」 「いえ、そんなことはございません。このタイミングでいいのです。これがベストなのです」  どういうことなのか、よくわからなかった。けれど、俺がケイから得た情報を何らかの繋がりがある気がする。しかしそれを口にする勇気が、ない。聞かなければきっと死んでも死にきれない筈だ。これを聞いたら、俺の中の何かが崩れていく。それが怖かった。  だけど……自分の信念を貫く以上、聞かなければいけない。 「……ラストピース、一つ聞きたいことがある」 「はい、なんでございましょう」 「ガデンを開発したのは、黄金原財閥なのか」  俺は意を決してそれを口にした。  ケイからの情報……それは、ガデンに関するものだった。ケイから渡された資料には、ガデンの性能や開発記録と共に……ガデンが黄金原財閥で作られた装備である事が書いてあったのである。そして、ガデンがいずれ兵器として利用されるという事も。 「情報の開示は命令に入っておりませんので、お答えできません」 「いいから答えろ! ガデンは黄金原財閥の兵器なのか! 嵐は……嵐はお前たちの仲間なのか!」  叫んでいて、胸が張り裂けそうな気持ちだった。こんなこと、本当は聞きたくない。  ガデンが黄金原財閥の兵器だとしたなら、それを操る嵐も黄金原財閥と何らかの関係を持っていると考えることが出来てしまう。なのに、嵐は何も言わずに俺と一緒に行動していた。それは何故だ? 嵐は一体何者なんだ? もしかして、俺と行動を共にすることで、俺を監視していたのではないのか? 様々な疑念が溢れ出して止まらなくなる。俺はここで死ぬかもしれない恐怖よりも、嵐に裏切られたのかもしれないという不安を強く感じていた。 「真実を追い求めたいお気持ちはわかりますが……三代木様、貴方はもう役目を終えたのです」 「役目…?」  それはなんだ、と言ってもラストピースは答えないのだろう。俺は一体何の役目を背負わされていたというのだろうか。何もかもがわからないまま、俺は死んでしまうのか。嵐に何も問いただせないまま……。 「……さて、そろそろお時間でございますね」  ラストピースが腕についた時計をちらりと見る。俺の処刑の時間ということなのだと悟り、俺はぐっと奥歯を噛みしめた。  その時だ。 「そこまでにしてもらおうか」  また、別の声が響いた。聞き慣れたその声に辺りを見回す。 「……驚飆のガデン。やはりお越しになりましたか」  ラストピースが向いた方向に視線を向ける。そこには停車しているトラックが。そして、そのトラックのキャビンの上に、鮮やかなマゼンタ色のヒーローが仁王立ちしていた。  俺はその存在に、一瞬嬉しい気持ちになった。だが、すぐに「ガデンが黄金原財閥の開発した兵器」であることを思い出し複雑な気持ちになる。こんなにタイミングよく現れたのも、もしかしたらと考えてしまうと素直に喜べなかった。  ガデンはトラックのキャビンから軽々と飛び降りると、静かにこちらに歩いてくる。手にはいつものハンマーが持たれ、何処か殺気立っているようにも感じられた。 「ようこそ。お待ちしておりました」  ラストピースが、俺の時のようにお辞儀をする。ガデンは何も言わず、ラストピースを見下ろしていた。 「本日も、ゲームをご用意してございます」  ラストピースがそう言って、縛られた俺の後ろに回る。ガデンも俺の後ろに回り、二人の姿が見えなくなった。 「……これは」  ガデンが声をあげた。一体何が見えたというのだろう。俺も後ろを振り向きたかったが、縛られているせいでそれを見ることが出来ない。 「三代木様には見えないかと思うのでご説明させていただきます。今、三代木様を磔にしている鉄骨には、時限爆弾を取り付けてあります。しかも、ただの時限爆弾ではございません。この時限爆弾はスライド式のパズルを解かなければならないのです。制限時間は五分。乱雑になった数字を一から九十九まで正しく並べなければ、爆弾は爆発します。」 「なっ……」  絶句する。そんなものが、俺の後ろに取り付けられているなんて思いもしなかった。俺は何も見えない事が更に不安になる。今の俺じゃ、どうする事も出来ないじゃないか。 「付き合えっていうのか、こんなふざけた遊びに」 「はい。このオフザケに付き合うのも、貴方様の仕事でございます。もし、爆弾を解除せずに三代木様を逃がそうとした場合、即爆弾を爆破させていただきますのでそのつもりで」 「……」  ガデンが黙り込む。それを了承と見なしたのか、ラストピースが「では、はじめましょう」と言った。さあっと血の気が引くのを感じる。今、俺の命はガデンが握っているのだ。  それが、今までは安心できたはずだった。でもガデンが……嵐がもし黄金原財閥の手先だったのなら、今ここで俺を見殺しにも出来るだろう。嫌な想像ばかりが膨れ上がり、冷や汗が頬を伝った。今、ガデンの姿が見えないのも不安の一つだった。 「三代木」  ふいに後ろから声がした。鉄骨が邪魔で振り向けないが、ガデンが俺の名前を呼んだのだ。 「ガデン……」 「安心しろ。すぐに助けてやる……だから、希望は絶対に捨てるな」  ガデンの言葉は力強かった。もしガデンが、いや嵐が黄金原財閥の手先なら、こんな言葉を俺にかけるだろうか? 困惑と焦りで目眩がする。それでもまだ、嵐を信じたい気持ちがあった。 「時限装置、起動開始」  俺達の会話が終わってすぐ。ラストピースの声が響いて、息が一瞬止まる。始まってしまった。俺の命が掛かった死のゲームが。  俺は何もすることも出来ずにうなだれる。このまま死ぬか、はたまた生き延びるかが他者に委ねられている事がこんなに恐ろしい事だったなんて。  後ろ手にカチカチと何かがぶつかる様な小さな音と、規則正しく時を刻むタイマーの音が聞こえる。ガデンが今、俺を助けるためにパズルを解いているのだ。それを邪魔する気はなかったが、俺は堪えきれずガデンに話しかけた。 「……なあ。君が、黄金原財閥の兵器だというのは本当なのか?」  カチ、とパズルを動かしているであろう音が一瞬止んだ。だが、すぐにまたカチカチと音が聞こえ始め、「……どこで聞いたんだ、そんな話」と酷く落ち着いたガデンの声が聞こえる。 「ケイから……ガデンに関する資料を手に入れたんだ。そこには……ガデンが兵器として利用されるために作られたことが書いてあった」 「……そうか」  動揺する素振りを見せないガデンに、俺は益々不安になって叫ぶように言った。 「ガデン、いや……嵐! 教えてくれ、君は黄金原財閥と繋がっているのか? 君も、彼らの手先なのか? 君は一体、何者なんだ!」  それは、二度目に会った時と同じ問いだった。けど今は状況が違い過ぎる。これは、嵐と俺との信頼の問題でもあった。散々一緒にいたのに、何も知らず知ろうともしなかった後悔と、何も言わずに傍にいた嵐と自分への怒りでいっぱいになっていた。 「……言っただろ、俺は俺だと」  あの時と同じ言葉を返される。俺は乾いた笑いを零し「君は、いっつもそうだな……」と呟く。 「いつもそうやって、君は大事な事を言わないんだ。俺はこんなに不安なのに! 君の事を信じられなくなりそうになってるのに! ワガママばっかり言って散々俺を振り回すだけ振り回して、肝心な事から逃げて! 君は卑怯だ! この馬鹿野郎!」 「うるさいぞ三代木! お前死にたいのか!」 「死にたいわけないだろ! 俺は今だから言ってやりたいことがいっぱいあるんだよ! 食事した時当然のように俺に奢らせるな! 自転車たまには漕げ! 朝っぱらからリコーダー吹くのやめろ! トイレットペーパーは無くなったらちゃんと補充しろーッ!」  俺は言いたいことを全部言う気で叫び散らかした。近くの土管に腰かけていたラストピースが「痴話喧嘩みたいでございますね」と呟いたのを聞き逃さなかったが、無視した。今はそんなからかいに反応している場合じゃない。 「俺は……俺はな嵐! 君を信じたいんだ! 飯を奢らせて、自転車も漕がず、朝からリコーダーを吹いては俺を叩き起こし、トイレットペーパーがなくなっても見て見ぬふりをする君を! 色んな事、二人で積み重ねてきた事が全部無駄だったなんて思いたくないんだ! 君に味方でいて欲しいんだ! だから、嵐……俺に君を、信じさせてくれよ……」  叫び疲れて、最後は殆ど酸欠になった。頭がくらくらして、一度目を閉じる。息を整えている間も、タイマーの無機質な音は鳴りやまない。だが、パズルを解く音は止まっていた。 「……三代木」  嵐の声に反応して目を開く。目の前に嵐はいない。まだ、俺の背後にいるんだろう。 「俺も……お前に信じていて欲しい。お前の味方でいたい。だから、お前を助ける。助けてから……全部話す。それじゃダメか」  いつもの嵐らしくない、恐る恐るといったような声色に俺は目を見開く。俺は振り返りたくても振り返れないのが悔しくなった。振り返っても、そこには嵐ではなくガデンがいるのだろうけれど……ガデンとなった嵐の顔を見て、言いたかった。 「……約束だからな」  俺の言葉の後、数秒してカチカチと素早くパズルが解かれる音が再び鳴り始める。俺も嵐もそれ以上は何も言わなかった。  体感的に、もう既に三分程は経っているだろう事に少し焦りを感じたが、きっと嵐なら何とかしてくれると強く祈った。「信じていて欲しい」と言った嵐の言葉を、俺は信じたい。 「残り、一分三十秒でございます」  ラストピースの声に手汗が滲む。ガデンはまだパズルを解いている。まだか、と焦って叫びたくなる気持ちを抑えて唇を噛んだ。大丈夫だ。嵐なら、ガデンならやってくれる。絶対……! 「残り、四十秒」  ラストピースのカウントダウン。俺は思わずぎゅっと目を瞑った。タイマーの音はまだ止まらない。  残り、三十秒、二十秒……十秒。 「五、四、三、二……」  もう終わりかと、息を詰まらせた時だった。 「解けた」  カチ、という音と同時に、呟かれた一言。瞬間、無機質なタイマーの音が止んで、俺の身体からどっと汗が吹き出した。全身の力が抜けぐったりとする。縛られていなければ、その場にへたり込んでいただろう。  爆弾が解除されてすぐ、ガデンが俺の前に回り込んでくると、俺を縛っていた縄を手で引きちぎった。手足の縄が解かれてふらつくと、その身体をガデンがしっかりと支えてくれる。 「……ありがとう。助けてくれて」  俺が微笑むと、ガデンは「当然のことをしただけだ」と言う。表情こそ仮面で隠れて見えないが、シニカルな笑みを浮かべているように思えた。  今は……あまり嵐に対して不信感を感じていない。最初はものすごく不安だったけれど、今こうして俺の身体を支えてくれる嵐の事を、俺は信じられる気がした。例え、嵐からどんな真実を告げられたとしても。 「お見事でございました、ガデン様」  俺がガデンを見つめていると、パチパチパチと乾いた拍手が鳴って、声の方を向く。先ほどまで土管に座っていたラストピースが立ち上がって楽し気に目を細めていた。普通だったら、爆弾を解除されて悔しがる素振りの一つでも見せるだろうに……何か、不気味なものを感じる。 「やはり貴方様は天才でございます。優れた頭脳と身体能力によってガデンの力を使いこなしている……きっと、お姉様もお喜びになる事でございましょう」 「……お姉様?」  俺は首を傾げた。お姉様とは、一体……。ちらりとガデンの顔を盗み見るが、やはり表情は読み取れない。ガデンは何も言わず、ラストピースのいる方向を見ているだけだ。 「お戻りにはならないのですか? きっと今ならば、お姉様も貴方様を快く迎え入れて……」 「俺はもうあの部屋には戻らない!」  ガデンの強い口調に、少し驚く。あの部屋って何の事なんだと、問いかける事も出来なかった。それは嵐の手が、微かに震えていたからだ。 「サヨウでございますか……いやはや、残念です」  言いながら、ゆっくりラストピースが近づいてくる。何か、仕掛けてくるのかと身構えるが、ラストピースは武器を持っていない。俺はラストピースの思惑を紐解こうと目を凝らす。だが、ラストピースからは殺気は感じられない。戦闘をする気配がない……。  ラストピースが、一メートルほど近づいてきた頃だった。ガデンが何かに気が付いたかのように「まさかッ!」と声を上げる。どうしたんだ、と声を掛ける暇もなく、ガデンが俺を勢いよく突き飛ばしてラストピースの方へと向かっていく。 「なっ、ガデ……!」 「三代木逃げろッ! こいつは自爆する気だ!」  自爆? 俺がハッとしたのも束の間、ラストピースが自身の着ていたシャツの前を引きちぎるようにして開いた。 「ハハハハ! 流石ですガデン様! 私の体内時限装置の音に気づくとはッ!」  ラストピースの胸元には色とりどりのコードが繋がったパイプ型の爆弾がついていた。ご丁寧に爆弾の中央にはタイマーがついており、赤い数字が示していた時間は……残り五秒!  今逃げても、間に合わない。俺は死を覚悟した。 「ラストピースッ!」 「ウグァッ!」  俺が絶望する最中、素早くガデンがラストピースに強烈なラリアットをかます。呻いたラストピースをそのまま引きずる様にして、ガデンが少し離れた場所にある、ショベルで掘られてそのままになった深い穴の方へと向かっていった。 「ガデン、君っ、もしかして……!」  俺はガデンがやろうとしていることを察してしまう。このまま、穴に一緒に落ちる気なんだ! 俺は止めようと慌てて駆け出そうとしたが、情けない事に身体に力が入らずその場で転んでしまう。土埃に塗れながら、走っていくガデンの背に手を伸ばした。 「やめろ! やめてくれーッ!」  俺は無我夢中で叫んだ。だが、ガデンは止まらなかった。  ガデンが、ラストピースと共に穴に向かって落ちていく。こちらを振り返る事もなく、真っ逆さまに。  ……ガデンとラストピースの姿が穴の中に消えて、数秒。派手な音と爆風を起こし、穴の中で爆発が起きた。熱風と共に砂埃が舞って思わず目を閉じてしまう。  やっとのことで目を開ければ、穴の中から煙が立ち昇っているのが見えた。俺は言う事の聞かない身体のまま、地べたに這いつくばって穴の方へと向かう。  立ち込める煙が目に沁みて、涙が出た。でも拭う余裕もなかった。滲む視界のまま、手探りでガデンの姿を探す。生きていてくれと願った。  俺は期待していた。燃え盛る炎の中から、マゼンタの彼が現れる事を。だが、ガデンは……嵐は姿を現さなかった。何度も名前を呼んでみても駄目だった。 「嫌だ、こんな、こんな別れは……」  掠れた声の呟きは、炎の轟音に掻き消される。  いつのまにか閉じていた瞼の裏に、嵐の静かな微笑みが浮かんでいた。
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