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ガラガラ
「らっしゃいっ!?」
活きのいいおやっさんの一声。
木枯らしの吹く季節、本日開店。
過疎化の進む町の商店街にようやくやって来た救世主。
大型モール店に追いやられ町の食堂が次々と閉まる中、
久方ぶりに新しく食堂が出来たのだ。
「いやぁ~~待った甲斐があった」
「ほんとほんと、これでようやくモールにいかなくていいわ」
商店街の皆はモールへは行きたがらない。
理由は至極当然、彼等にとってモールはライバルだ。
公営住宅を挟んだ東の通りに商店街はある。
対して西の通りには大型モールが3年前にその姿を見せた。
公営住宅は全体で十棟。
神の御業か、はたまた悪戯なのかは分からないが、
東通りに近い2棟には外国からの出稼ぎや老人が集まっている。
そして西側に近い3棟では、転勤族や子供の多い家族が集まっており、多くの人が西側のモールへ客を吸収された。
残りの5棟はというと、主に留学生の学生寮としても使われている。
しかし、殆ど空き部屋に近い状況だ。
出稼ぎに来た外国人はお金がない。
老夫婦は西側まで歩いていくのが面倒。
そのため2棟に住まう人々は西側にあるモールへは行かない。
商店街に食堂はあるが、決して安くもない。
主に彼等が商店街へ行く理由は買い物だ。
八百屋、魚屋、お肉屋さんはそのためモールが出来ても繁盛とは行かないが、生きて行くには十分であった。
その点食堂はというと、彼等にとって贅沢な場である。
滅多に行かないため、一店舗が閉店すると、その後を追うかのように消え、最終的にこの商店街には食堂がなくなってしまっていたのだ。
「いやぁ~~皆様今日はお越しくださいホントありがとございやす。こんなに多くのお客様が来て下さるとは思ってなかったんでね。あっしは、感動しとりやす。席が無いお客様方は、申し訳御座いやせんが、そこの長椅子でお待ちくださいね」
男は歓喜していた。
初日の開店にどれだけのお客が来るのだろうと、店のドアを開けるまでドキドキしていた。
男は調理場に入ると、大きく息を漏らした。
溜息から来るものではない、ほっとしたのだ。
初日は黒字。
でも、今日は赤字でもいい、そう男は思っていた。
息を吐いてすぐにカウンターへ戻ると、男はテーブルへ着く客へおしながきを渡した。
「やっぱかつ丼かな」
「おれは天丼」
「私はカレーうどんにしよっと」
「ママ、私はこのお子様ランチがいい」
「俺は……ん?」
おしながきを見ている一人の男がある料理の説明を読んで目を丸くした。
「おやっさん、この100円飯ってのはなんだい?」
「ああ……これですか。これはですね~~」
そういうと、店の店主は100円飯について語り始めた。
この男は昔やんちゃだったと言う。今でいう不良と言う奴だ。
毎日自分の我が儘好き放題で生きた男は、気が付くと周りに誰も居なくなったのだと言う。
碌に学校も卒業していないため働き口もなく、気付けばポケットに150円しか残って居なかったのだと言う。
お腹の空いた彼はフラフラとなりながら歩いていたが、とうとうある店の前で行き倒れをしたそうだ。
そこで彼は後の師匠と出逢った。
倒れている彼を見かねた男は彼を店にいれると、すぐさま料理をし始めたのだという。そう、彼が偶然倒れたのは食堂の前だったのだ。
ぐつぐつと何かを煮込む音、仄かな鰹節と醤油の香り。
ザクザクと刻まれるネギや、シュッシュッシュッシュッと卸されて行く大根。
良い匂いを嗅げば嗅ぐほどにお腹の虫は鳴る。
パチパチと響く油の音に、ジュージューと何かを焼く音。
男は匂いと音にもうお腹は限界である。
『ほら食え』
空腹で死にそうな彼に、一言言うと男はあとは何もいわず調理場へと消えた。
『食べていいんだよな……』男はキョロキョロする。
待っていても全然姿を見せない店主。
もう我慢の限界、彼はひと言『いただきます』と言うと、
箸をすすめた。
『どうだ、美味えだろ』
無我夢中で食べて居たので、知らない間に男が傍にいるとは気が付かなかった。
男は食べ終わると、店主に頭を下げ礼を言った。
その時が人生の中で初めて心から礼を述べたのだと言う。
そして金が無いことを素直に伝えると、店の主人は彼に言った。
『いってーーお前さんは幾らもってんだ』
『150円です』と男は答える。
『じゃあ、100円だな』そう言うと、店主は100円だけを男から取ったのだという。
心底この店主に惚れ込んだ彼は、頭を下げこの店で働かせて貰えないかと頼んだ。
黙っていると彼からこんな声が返って来た。
『おい、いつまでお客が座ってる席に座ってんだ』
『モタモタしてんじゃねーー』
男はその声を聞くと涙ながらに『はい』とだけ応え、そして掃除を始めたのだと言う。
そしてそこで働き続け、去年の暮れ暖簾分けをして貰い、故郷の恩返しとしてこの店を開いたのだという。
「だからね、あっしもね。お金が無くておなかが空いた人には腹いっぱい食って貰いたいんすよ」
その話を聞いた人々は当然心を打たれ感動した。
寒い冬の季節だと言うのに、この店の中だけ温度が暖かく感じられた。
「「良い話だ~~」」
「俺、その100円飯?っての、それ注文しよ」
「あっ、私も」
「あたしもそうれ貰おうかしら」
「へいっ」
その話を聞いて100円飯を注文する者もいれば、やはり最初に決めた料理を注文するものもいた。
「ヘイッ、お待ちどうさま」
テーブルへ次々と注文した料理が運ばれる。
パキッ パキッ パキッ
パキッ パキッ
パキッ パキッ
食堂の中では一斉に割りばしのアンサンブル。
皆が運ばれた料理に箸をつける。
皆が心がぽかぽかした気持ちで、出来たてのオカズやご飯を口へと運ぶ。
「…………」
「「クソまずっ」」
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