ふたりめ

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   2  休む、という行為に罪悪感を覚えつつ、俺は会社に電話した。  電話に出たのは部長ではなく、下拂だった。  どうやら部長は会議中らしく、彼は「うまく言っておくから大丈夫」と言ってくれた。  そんな下拂にすら更なる罪悪感を覚えつつ、けれど休んだところで何をして良いかも解らなくて、深い深いため息が漏れた。  周囲は通勤通学のラッシュで人通りが激しく、なんとなく彼らに置いていかれているような錯覚に陥り、ずきりと胸が痛む。 「暗いなぁ」  ふと隣に目を向ければ、先ほどの少女がまだそこにいた。 「……君は、学校は?」 「私も休んじゃおうと思って」 「そんな軽々しく休むべきじゃないと思うけど」 「軽くはないですよ。心の休息のためです」 「君も、なんかあるの?」 「特に何も? 私は基本、元気です」  少女はにやりと笑む。 「なんだそりゃ。サボりじゃないか」 「だから、心の休息だって言ってるじゃないですかー」 「親御さんが怒るんじゃないか?」 「うちの両親は、そこのところ自由なので」 「どういうこと?」 「疲れたなら、いつでも休んで良いよって言われてるんで」 「ずいぶん寛容なご両親なんだな」 「それで心がダメになったら元も子もない、っていつも言ってます」 「羨ましいかぎりだよ。俺は休むって電話だけで心が折れそうだった」 「それ、すでに重症な気もしますけどね、心が」 「……そうかもな」  言って、俺はもう一度ため息を吐いた。  さて、しかし、本当にこれからどうしようか。  家に帰って寝直す――というのも性に合わない。  かといって、どこかに出かけるほどの元気もありはしない。  なにより、こんなことで仕事を休んでしまったことへの罪悪感がある。  どこかに遊びに行く、なんてこと、どうしても考えられなかった。  こんなことなら、この子に乗せられて休むなんて言わなきゃよかった。 「シュミとかないんです?」 「え? なんだって?」 「趣味ですよ、趣味。映画観るとか、ゲーセンに行くとか、何でもいいです」 「昔はよく行ってたけど、最近は仕事が忙しくて行ってない。そもそも趣味ってほどでもないし、何よりズル休みしてんのに行く気になれない」 「だから、言ってるじゃないですか。ズル休みじゃなくて、心の休息ですよ」 「どっちも同じだよ」 「え~? 全然違いますって」 「俺にはわからんよ」  どっちも同じだろう、勝手に休んでることにかわりはない。  皆に迷惑をかけてまで休むだなんて、今からでも撤回して仕事に―― 「じゃぁ、私とデートしませんか?」 「……は?」 「いやほら、こんな可愛い子と突然のデート。お兄さんツイてますね!」 「なに言ってんだ、君は」 「あぁ、でも変な意味は一切ないんで。一応、彼氏がいるから」 「なおさらダメだろ」 「いいからいいから!」  さぁ、行きますよ! と少女は俺の腕を掴むと、無理やり引っ張る。 「お、おい、どこへ連れて行く気だ!」  そんな俺の質問に答えることなく、少女は逆に訊ねてくる。 「お兄さん、名前は?」 「聞いてどうする」 「いや、ずっとお兄さんって呼ぶのもどうかと思って。偽名でもいいですよ」  俺は渋々、彼女に答える。 「シブヤシンジ――渋谷真路だ」 「じゃぁ、渋谷さんで」  呼ばれてから、これが何かの詐欺じゃなかろうかと不安になってくる。  あり得る。こうやってどこかに連れ込まれて金をせびられるんじゃぁ…… 「私はアカネです。ナユタアカネ」 「ナユタ?」  那由他? 那由多? アカネは茜だろうか、朱音だろうか。  どちらにしても変わった苗字だ、と俺は思った。  確か、数字の単位か何かだったと思うけれども。 「ほら、渋谷さん! ちゃんと歩いて!」 「あ、あぁ、わかった……」  手を離した少女の隣を、俺は素直に並んで歩く。 「……で、どこへ連れて行く気? 金なんてないからな?」 「あぁ、安心してください。たぶん、お金はいらないんで」 「どういうこと?」 「知り合いのお店に行くんで、ちょっとくらいサービスしてくれるでしょ」 「知り合いのお店って、いったい何の?」  するとアカネは再びにやりと笑んでから、 「――魔法のお店です」
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