ふたりめ

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   3 「なるほど、なかなか眠れない、と……」  真帆さんはふむふむと腕を組むようにしてから右手を顎に当てた。  長い黒髪の、若く美しい女性だった。  大学生か、それとももう少し上か。  もしかしたら、俺と同い年くらい?  真帆さんは俺に視線を戻すと、 「病院には行かれてるんですか?」 「いや、行ってない。行く時間もなくて」  それに、なんだか受診したら負けな気がして、どうしても行く気になんてなれなかった。  何に負けるか、ってのは、自分でもよく判らないのだけれど。  それを察してくれたのだろうか、真帆さんは「なるほどなるほど」と口にしただけで、それ以上のことは言われなかった。  店の隅の籐椅子にはアカネが腰かけており、 「ってことで、何とかならない?」 「何とでもなるんじゃないですか?」 「おお、例えばどんな?」 「これなんてどうですか?」  言って真帆さんがカウンターの上にどんっと置いたのは、よく冷えたエナジードリンクだった。  この一瞬で、いったいどこから出してきたのか。  カウンターの下に冷蔵庫でも隠してあるのか? 「これ飲んで頑張りましょう!」 「いやいや、そういうんじゃなくて」  首を横に振るアカネに、真帆さんは「ぷぷっ」と吹き出すように笑いながら、 「でも、現代社会人のマストアイテムなんでしょう?」 「そうかもだけど、根本的な解決にならないじゃん」 「根本的な解決をお望みなら、一度ゆっくり休んだ方が良くないですか?」 「それができないって言ってるから、真帆さんにお願いしてんの!」 「あぁ、そういうことですか」  あざける真帆さんに、アカネは深いため息を吐いた。  何となく俺自身は置いてけぼりを喰らってる感じがする。  俺、当事者なんだけど。 「……なぁ、ここって、本当に魔法の店なのか?」  当然の疑問を、今更のように口にすると、 「そうですよ」  あたりまえじゃないですかぁ、と真帆さんはほほ笑んだ。 「いや、そんなこと言われても、とても信じられない」  カウンター越しに立つ真帆さんの後ろには古めかしい木の棚があって、その棚にはたくさんのよくわからないガラクタや色とりどりの液体に満たされたガラス瓶、妙な形の置物が並んでいて、見るからにどこか怪しい。 「まぁ、そうですよね」 「何か本当に、魔法らしい魔法はないのか?」 「どんな魔法がいいですか? だいたいのことはお見せできると思いますけど」 「本当に?」 「嘘です」  あっさり返してくる真帆さんに、 「嘘なんかい!」  と俺は思わず叫んでしまった。  そんな俺に、真帆さんはくすくす笑いながら、 「だいたいのことは、という点のことです。魔法は本当ですよ」 「じゃぁ、なんならできるんだ?」 「そうですねぇ……」  思案するようなしぐさをして、真帆さんはおもむろに腕を伸ばすと、ぴたりとその指先を俺の額にあててから、 「――えいっ」  その瞬間、俺の視界は真っ暗になった。
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