ふたりめ

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   6 「あれ? ドア、閉まってる」  楸古書店にふたりで訪問するなり、アカネは首を傾げながらそう口にした。  見れば、魔法百貨堂へと続くはずの、店の奥にある扉がぴったりと締められていた。  昨日訪れた時には開けっ放しになっていた記憶が確かにある。  すると、その扉のすぐ脇のカウンターに突っ伏すように眠っていた老紳士がむくりと体を起こし、老眼鏡越しに眼を細めて俺たちの方に視線を向けてきた。  老紳士は「あぁ、茜ちゃんか」と口にして、 「真帆なら居らんよ。今朝から協会の依頼で遠方に行ってしまってね」 「え~っ! そうなんですか?」 「すまんね。また出直してきてくれ」 「むぅ。仕方ないなぁ」  唇を尖らせて腕を組むアカネ。  老紳士は苦笑いし、俺に顔を向けると、 「お客さんも、申し訳ないね」 「あぁ、いえ。とんでもない」  それから俺は店内を見渡す。  埃をかぶったような古臭い木の本棚には、所狭しといくつもの本が並べられており圧巻されるほどだったが、しかし最近の小説や漫画といったものはまるで並んでいないようで、こんなところに本当に客が来るのかどうか怪しく思う。読めるような読めないような本も多数並んでおり、どこの国の言語化すら読み取ることができなかった。中にはどこかの大学の教授か誰かが書いたのであろうと思われる、何らかの研究書?みたいなのも並んでいて、何を専門とした古書店なのかさっぱり判らなかった。 「……珍しいかい?」 「あ、いや、何か色んな本が並んでるなって」  こんな本、本当に売れるのか? なんて思っていると、 「まぁ、全然売れないけどな。ほとんど客も来ないし」 「……それでやっていけるんですか?」 「そうだなぁ」老紳士は口元に笑みを浮かべて、「月に何回かマホウツカイの客が来て、何冊か買っていくくらいだな」 「マホウツカイ……あぁ、魔法使い」  ってことは、もしかしてメインは魔導書とか魔術書とかそういう類で、それらを隠すために他の一般の本が一緒に並べられている、ということだろうか。恐らく、すぐ目の前に見える何語か解らない字の書かれている背表紙の本とかだろうか。  俺は思わずその本に手を伸ばそうとして。 「……取り扱いは注意してくれ。中には危険な悪魔が封印されている本が混じっているから」 「えぇっ!」  咄嗟に手をひっこめる俺に、老紳士は快活に笑うと、 「冗談だよ、冗談! そんな危ない本がそこらの本棚にそうそう並んでいるはずがないだろう?」 「や、やめてくださいよ! そういうの!」 「はっはっは! すまん、すまん!」 「意外だなぁ。お爺さんも真帆さんみたいな冗談、言うんだね」  アカネが笑うと、老紳士――爺さんはにやりと笑んで、 「それはまぁ、真帆の爺さんだからな」 「確かに。それで、真帆さんはいつ頃戻ってくる予定なんですか?」 「明日には帰ってくるって言ってたけど、どうかな。アイツも婆さんに似てその場のノリで生きているような人間だからなぁ。出張ついでに観光でもして帰ってくるんじゃないかな。急ぎなら、早く戻るよう電話しておくが、どうする?」 「ん~」アカネは口元に指をあて、少しばかり考えるそぶりを見せながら、「んまぁ、大丈夫です」 「そうかい? まぁ、気が変わったらいつでも声をかけてくれ。オレはいつも通り、ここで適当に店番してるから」 「はい、ありがとうございます! じゃぁ、また来ますね!」 「うい、またな」  互いに手を振り合うその姿は、どこか爺さんとその孫のようだと俺は思った。  行きますよ、と声をかけられて、俺もアカネと一緒に楸古書店をあとにする。  下拂に魔法百貨堂に行くように言われたというのに、これからどうしたものか。  まぁ、大人しく日を改めて、また来れば良いだけなのだろうけれども。 「真帆さんが居ないんなら、仕方ないですね」  アカネは腰に手をあて、小さくため息を吐く。  俺はそんなアカネに、 「まぁ、また明日の夕方辺りにでも来てみるさ。それより、さすがにお前も学校に行かなくていいのか? 二日連続は拙いだろ」 「ダイジョーブですよ、二日くらい」 「いやいや、そんなはずないだろ」 「なんとかなりますよ」 「何がどうなんとかなるんだ。学生の本分は勉強だろう」 「そんなに頭固いこと言ってないで、次いきましょう、次!」 「誰が頭固いって?」 「真帆さん居ないんなら、お婆ちゃんに頼んでみればいいんですよ」 「おい、俺の話は無視かよ」  口をへの字にして言ってやると、アカネはそれすら無視して、 「あ、お婆ちゃんって言っても私のじゃなくて、付き合ってる彼氏のお婆ちゃんで、私の師匠なんですけどね」  そこで俺は、はたと気づく。 「……ん? 私の師匠?」 「はい、魔法の師匠」 「ってことは、つまり、お前は――」 「あれ? 言ってませんでしたっけ?」  アカネは「ふふっ」と俺の目の前に跳ねるように躍り出ると、口元に人指し指をあてながら、 「私も魔法使い――正確には、魔法使いの“弟子”なんですっ!」  胸を張るように、満面の笑みでそう言った。
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