ひとりめ

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   2  山田涼香さん。二十三歳。独身。付き合っている男性の本意がわからず、魔法を頼って来店。 彼氏さんとは結婚まで考えているのだけれど、彼氏にその気があるように見えないうえに、最近では会う回数も減って、メールを送っても返事が遅い――もしかしたら浮気をされているのかも知れない。彼氏さんの本意が知りたい。 山田さんからの依頼は、だいたいそんな感じだった。 彼女は最初こそわたしがそばにいることを気にして、ちらちらとこちらを見ながらお話ししていたけれど、わたしが相槌を打ったり、「それは確かに怪しい。一度確かめないと!」と同意をして見せると、たちまち「そうでしょ、そうでしょ!」とうんうん頷いた。 「なるほど、彼氏さんの気持ちを知りたい……ですか」  真帆さんは頬に指をあてながら、 「でしたら、こちらなんていかがですか?」  後ろの大きな棚から、聴診器のようなものを取り出してカウンターの上にことりと置いた。  聴診器のようなもの、というより、聴診器だった。  聴診器そのものだった。  え、マジ? 本気? まさか、これを相手の胸に当てて本音を聞く……とかじゃないよね? 「これは――」  山田さんが眉間にしわを寄せるのに対し、真帆さんはお医者さんがするように、その聴診器を耳につけて、音を聞く部分――チェストピースというらしい――を手に持つと、 「はい、そうです。ご想像の通り、これを使えば相手の気持ちが聞こえるんです」  途端に山田さんの表情が曇るのがわたしには解った。  そりゃそうだ。怪しさ抜群じゃないか。  真帆さん、本気で言ってるの? 本当にその聴診器、魔法の道具なの? 「……あなた、本気で言ってるの?」  山田さんも、疑うような目で真帆さんを見て口にした。  すると真帆さんはにやりと口元に笑みを浮かべて、 「試しに涼香さんのお気持ちを聞いてみましょうか?」 「え? えぇ……」  真帆さんはチェストピースを山田さんの胸に当てて、「ふむふむ」と小さく唸ってから、 「――こんなもので本当に気持ちなんてわかるわけないじゃない。どうせ占い師みたいに、当たり障りのない適当なことを言うだけでしょ。魔法なんてもの――えっ、なんで私の考えてることが全部そのままわかっ――気持ち悪っ!」  その瞬間、山田さんは目を見張りながらあと退るようにチェストピースから身体を離した。 「どうですか? ちゃんと聞こえていたでしょう? ほぼ一言一句間違ってなかったと思いますけど……」 「な、なにそれ、本当に人の気持ちが聞こえるの……?」  動揺しながら口にする山田さんに、真帆さんは「はい」と頷いて、 「いかがですか? 試されますか?」 「え、あ、はい――」  山田さんは恐る恐るといった様子でその聴診器を真帆さんから受け取り、 「あの、お代は……」 「あ、今回はお貸しするだけなので、お返しに来られた時に、お気持ちでいいですよ」 「ほ、本当に? それでいいんです?」 「はい、是非、試してみてください」 「あ、ありがとう、ございます……」  山田さんはそう礼を述べると、二、三度頭を下げてから、ガラガラと店の扉を開けて出ていった。  果たして、あの聴診器は本当に彼女の役に立つのだろうか?  なんて考えていると、真帆さんがぼそりと、 「まぁ、でも、聞こえてくるのはココロの表面の声だけなんですけどね」  なんて微妙に裏のありそうなことを呟く。 「え、なにそれ。どゆこと?」  真帆さんは小さくため息を吐くように、 「人の心って、幾重にも生地の折り重なったミルフィーユのようなものじゃないですか。その深層心理は、本人ですら解らないことがある…… あの聴診器は、本来お医者さんをしてらした魔法使いが、喋れない患者さんの病状を聞き取るために作ったものなんです。なので、心の表面でも嘘をついているような方には通用しないんですよね……」 「それ、大丈夫なの?」  真帆さんは「さあ?」と小首を傾げながら、口元に笑みを浮かべただけだった。
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