ひとりめ

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   ***  ――というのが、一応のこのお話のほぼ顛末である。  結局あれ以来、山田さんは真帆さんのお店には来なかったからだ。  果たして山田さんの想いは成就したのか、それとも真帆さんの言う通り、実際には恋人同士なんかじゃなくて……と思うと、なんだか胸がもやもやしないこともない。  何より、この話をすると真帆さんが、 「たぶん、もう来ないと思いますよ?」  とまるで確信しているかのように口にするのが気になって仕方がない。  真帆さんは何かを知っているようなのだけれど、何一つ教えてはくれないからだ。  曰く、守秘義務です、とのこと。  う~ん、なんか中途半端で気持ちが悪い。  そんな私に、真帆さんは小さくため息を吐いて、 「まぁ、そのうちわかりますよ。きっとね」  そう言って、ただ微笑むばかりだった。  それからシモハライさんもそうだ。  あの人も、どうやら山田さんのことを知っていたらしい。  これはまさか、と思うのだけれど、確証も何もないし、聞いても「あぁ」「うん」「さぁ」「どうだろうね」とはぐらかされるばかりだった。  気になる、あぁ、気になる、気になる……!  そして、ここからが後日譚になる。 「ねぇ、真帆さん。いい加減、本当のところ教えてくれてもいいんじゃないの?」  数週間後、あんまりにも気になって、わたしはもう一度訊ねてみた。  すると真帆さんは、「そうですねぇ」と口にして、 「やっぱり、言えません」 「え~! いいじゃん! 誰にも言わないからさぁ!」 「依頼人のプライバシーはちゃんと守る。これも仕事のうちですよ、茜ちゃん」 「う~、それを言われると何も言えない……」  それは確かにその通りで、ぐうの音も出ない。  でも、なんとなく察しはついてるんだ。  それはただの憶測で、何の根拠もありはしないのだけれども。  けど、それを確かめたくても真帆さんは決して教えてくれそうな感じではなくて。  だったら、この質問はどうだろうか。 「じゃぁ、質問を変えたら答えてくれる?」 「どんな質問ですか?」  わたしはにやりと笑んでから、 「例えば、シモハライさんが真帆さんのことを諦めて他の女の人と付き合い始めたら、どうする?」  その瞬間、真帆さんの動きがぴたりと止まる。  顔には微笑みを浮かべているが、どこか動揺した様子だった。  ほうほう、これはこれは。 「……どうするの、ねぇ?」  すると真帆さんは、小さく肩を落としてから、 「あり得ませんよ、そんなこと」 「どうしてそう言い切れるの?」 「なぜなら、シモフツくんは、私のことが好きで好きでたまらないからです。じゃないと、あんなに頻繁にプロポーズなんてしてこないでしょう?」 「でも人の気持ちなんてわかんないじゃん? シモハライさんの前に、シモハライさんのことを好きで好きでたまらない女の人が現れたら、シモハライさんももしかしたら――」 「絶対に、あり得ません」  自信満々に口にする真帆さん。  なるほどなるほど。 「今回みたいに?」 「そうです」  その瞬間、真帆さんは目を見開いて「――あっ」と口に手を当てた。 「あ、やっぱりそうだったんだ」  私は真帆さんの反応に、確信する。  確信して、けれどそれ以上はもう聞かないことにした。  だって、『依頼人のプライバシーを守る』ことも仕事のうちなのだから。 「そっかそっか」  納得して頷くわたしに、真帆さんはため息を漏らしてから、 「……このこと、絶対に、誰にも言わないでくださいね」 「いわないよ、大丈夫」  それからわたしは、もうひとつだけ、確認しておきたいことを口にした。 「でも結局、真帆さんはシモハライさんのこと、実際どこまでどう思ってるの?」  すると真帆さんは、唇の前で人差し指を立てながら、煌めくような可愛らしい微笑みで、 「――それは、秘密ですっ」  頬をわずかに染めながら、そう言った。 ……ひとりめ、了 ふたりめに続く。
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