幼なじみの二人

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幼なじみの二人

 電車の発車ベルが鳴った。空気音が響き、扉が閉まる直前に、陸久(りく)が早足で駆け込んで来た。 「——っセーフ! おはよう、美海(みう)」 「……あのさぁ、今日、テストなんだけど。なんでこんな大事な日に寝坊するのよ」 「まぁまぁ。間に合ったからいいじゃん!」  ここは空星(くうせい)。C地区69国。  数千年前に存在した「地球」という星に、瓜二つらしい。  ここには海があり、陸があり、国があり、言語があり、通貨があり、商売があり、貿易があり、教育があり、生活がある。 「地球が滅亡した原因は、サイバーテロという名の戦争だといわれている。  数千年前、地球上の全ての放送設備がハッキングされ、謎の人物「ZAB」により、一週間ごとに地球の人口を半分にするとの声明があった。  人々はそれを食い止めることはできず、事件から半年ほど経った頃には、記録も途絶えたという。  しかし、その地球人の生き残りが、この星に移り住んで……」 「ほんと、陸久ってSF好きだよね」 「バッカ。そんな妄想みたいな話じゃねーっての! 中学生の時に歴史の授業で習っただろ? 太陽系ってのがあって、その惑星の一つに地球があってだな」 「そうだね。この世界にとてもよく似た、地球という星があった。でも、わかってるのはそれだけよ? 本当に地球人は滅亡したのか。どうやって一週間ごとにぴったりと半分の人口を減らしたのか。ZABとは何者なのか。なぜその後地球はなくなったのか。諸説あるけど、どれも決定的な証拠はないでしょう?」 「でも、地球滅亡に関しては、多くの文献が……」 「文献っていってもねぇ。所詮個人の書いたものでしょう。最後の方は書いてあることもバラバラで、信ぴょう性に欠けるわ」  そう言って美海は、読んでいた恋愛小説を閉じた。ちょうど自分達と同じ、高校三年生の男女。「ずっと好きでした」「実は私も」なんて、実際にはあまり現実味がない。帯には「現代高校生のリアル!」なんて書いてあったが、美海にはどうも、筆者の妄想や空想の域を出ないとしか思えなかった。 「まぁ、そうかもしれないけどさ。別にいいじゃん、まだわかってないことに夢やロマンを持ったって。今日、歴史のテストだしな!」 「……テスト範囲、そこじゃないけどね」  陸久は口を尖らせ、眉間にしわを寄せた。 「あー、はいはい。さすが、学年トップの秀才は言うことが違いますねぇ」  ——あ、また、可愛げのないことを言ってしまった。  文庫本を持つ手に自然と力が入る。私はどうして、いつもこうなんだろう。恋愛小説の主人公のような振る舞いは、いくら読んでもできそうにない。 「陸久だって、真面目に勉強すればテストの点数取れるでしょ。この学校入れたんだから」 「うーん。俺は興味のあること以外、勉強する気が起きないの! あ、今日A言語のテストもあるじゃん。うわダルー」 「興味のあること……」  今回のテスト後に、進路希望調査の面談があると聞いている。陸久は、行きたい大学があるのだろうか? 「そういえば」  口を開いた瞬間、電車の扉が開いて同じ制服の男女が降りて行った。陸久も美海に背を向けて歩き出す。 「あれ? さっき何か言いかけた?」  駅のホームで振り返り、陸久は美海に問いかけた。 「ううん。なんでもない」  一週間後。  いつもより騒がしい教員室の前の掲示板に向かう。美海がその場に姿を現すと、ざわめきが更に大きくなった。この反応で、だいたい察しはついた。  1位 桜井美海 「うわ、まただよ桜井さん。すげーな」 「父親が官僚なんだろ? エリートだよなぁ」  成績上位者50人が張り出されている掲示物をチェックする。陸久の名前はなかった。 「さすがね、桜井さん。この成績なら国都大も行けそうね」  進路希望調査面談にて、先生は満足そうに笑みを浮かべた。 「お父さんが、国のセキュリティ対策本部の統括マネージャーだとお伺いしたわ。桜井さんも、ゆくゆくは同じ道に進みたいのかしら?」 「はい。その分野に強い大学に行って、サイバーセキュリティの研究、もしくは卒業後そういう企業に入って働きたいと考えています」 「素晴らしい。桜井さんは努力家だし、きっと将来多くの人を助ける仕事に就けると思うわ。頑張って」 「あ、先生、あの……」 「どうしたの?」 「国都大って、学校の成績何位くらいまでなら入れますか?」  先生は話の意図をつかめなかったようで、少し不思議そうな表情をする。 「確実とは言えないけど、20位以内なら十分狙えるんじゃないかしら。たま〜に今からでも頑張って成績伸ばしてくる子もいるけど、それはほんと、数年に1人いるかどうかね。現実は、今50位以内には入ってないと厳しいと思うわ」 「そう、ですか……」 「油断せず、勉強頑張ってね。桜井さんなら大丈夫だと思うけど」 「はい、ありがとうございます」  深く頭を下げて面談室を出た。廊下の窓の外からちょうど西日が差す時間帯で、眩しくて目を細めた。 ——大学に行ったら、陸久とは離れ離れになっちゃうのかな。 「ただいま」  日付が変わった頃、家の玄関のドアが開く音がした。父が帰ってきたようだ。 「おかえり、お父さん」 「なんだ、美海、まだ起きていたのか?」 「うん。勉強してて」 「おかえりなさい。……あら、またトイレットペーパー買ってきたの!?」  父は両手にコンビニの袋を2つずつと、6ロール入りのトイレットペーパーを1つずつぶら下げていた。 「あぁ、あれ? ストックあったっけ?」 「1階の納戸にたくさんあるわよ」 「そうだっけか。まぁ、消耗品だし、いいじゃないか」 「それに、こんなに何買ってきたのよ? カップラーメンに、缶詰に……そういえば今日、ペットボトルのお水が10ケースも届いたわよ!? どういうこと?」 「まだこれから仕事しなきゃいけないから、夜食だよ。水は1ケース頼んだつもりだったが、数を間違って注文したようだ。置き場所がなければ、俺の部屋に置いておくから」  そう言って父は、たくさんの荷物を抱えて2階の自室に入っていった。 「お父さん、大丈夫かな? 最近ずっと終電帰りだし、かなり疲れてるんじゃない?」 「そうねぇ。忙しい立場なのはわかるけど、なんとか休む時間が取れれば良いんだけどね」  美海は、父が帰ってきたら話をしようと思っていたテストの結果表と進路希望調査のプリントを、無意識に強く握りしめた。
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