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 虹が通う高校は私立男子校で、当然男しかいない。ただ、そのほとんどが良家の子息や金持ちの息子で、心なしかおっとりした生徒が多い。そして、色々おおらかな校風だ。 「虹、(そう)様が迎えに来てるよ」  いつも羨ましいね、と級友に言われ、虹は教室のドアに視線を向けた。ドアの傍に出来た人だかりの中心に、虹の親友である最上蒼太(もがみそうた)が立っている。銀縁の眼鏡を掛けた優しい笑顔の蒼太はその風貌通り頭がよくて、人当たりも穏やかだ。元々人気はあったが、春からは生徒会長なんていう肩書きも持って、校内では憧れの存在となってしまったようだ。 「虹、準備できた?」  そんな蒼太が虹の視線に気づき、声を投げる。当然蒼太の周りの視線もこちらに集まったが、虹には慣れたことだ。蒼太に、うん、と答えて虹は立ち上がった。 「今日バイトは?」  自分を囲んでいた生徒たちに、じゃあね、と笑顔を振りまいてから蒼太は虹を連れて歩き出した。 「ないよ。帰る?」 「だったら少し会長室寄ってかない? お茶にしようよ」  廊下を歩きながら蒼太が虹を見やる。虹が、うーん、と考えている間にも廊下を行く生徒たちから「蒼様、さようなら」と声をかけられていた。蒼太はそれに丁寧に笑顔を返している。 「蒼太がいいなら、行くかな」 「いいもなにも、大歓迎。おいで、いい茶葉も貰ったんだ」  蒼太は嬉しそうに言うと、虹の手を引いて早足になった。虹は引かれるがまま歩く。 「そんな急がなくていいって」  周りの生徒は手を繋いで歩く二人の姿に羨望の目を向けている。そんな視線には慣れている。けれどしつこいようだが、ここは男子校だ。いくら自分が女顔でも、蒼太が男も惚れそうな容姿だとしても、これが異常な光景だということも虹にはわかっていた。きっとこの時期特有の熱病みたいなものなのだろう。だから、その視線や羨望、時に嫉妬を向けられても蒼太と友達をやめることはしたくなかった。蒼太はみんなが憧れる通り、本当によく出来た友人なのだ。ワガママで短気な虹をちゃんとした方向へ導いてくれる、そんな存在だった。 「僕が早く虹と二人になりたいだけだよ」 「まあ、毎日こんなじゃなあ……」  廊下を抜けて生徒会室の奥にある会長室に辿り着くと、蒼太はため息にも似た大きな呼吸を一つして扉を閉めた。 「男子校でモテるって、どんな気分?」  虹は慣れたように部屋の中心にあるソファへと腰を下ろした。会長室は時に来賓を迎える部屋にもなることがあるため、応接セットが置かれている。執務机も木製の大きなものだ。蒼太はその執務机をぐるりと廻り、背後にある戸棚を開けた。そこにはティーセットが隠されていた。これは備品ではなくて蒼太の私物だ。 「虹はすぐそうやってからかうな。僕が困るのわかって言ってるだろ」  紅茶を用意しながら蒼太が答える。虹が、うん、と頷いてから笑うと、悪い気はしないよ、と蒼太が振り返った。 「ここでモテても仕方ないっていうのはあるけど、他人から好意を向けて貰えるのはいいことだから」 「さすが、会長。気持ち悪いとは言わないんだ」 「言わないよ。虹だって言わないだろ?」 「まあ……ね」  まっとうな男子高校生ならば誰だって可愛い女の子に好かれたいはずだ。ただ、虹が好かれたいのは夏初だけなので自然と答えは曖昧になってしまう。 「被害があればそりゃ嫌だけど、人に好かれるのは悪いものじゃない」 「けど、面倒」  虹はポケットに突っ込んだままだった一通の手紙を取り出した。朝学校に来たら机の中に入っていたのだ。好きです、と書かれたその手紙はいわゆるラブレターだ。今時古風だが、メールアドレスどころか、SNSだって教えない虹に気持ちを伝えるにはそれしかないからだろう。そして、虹がこういった手紙や直接の告白を貰うのは珍しいことじゃない。母親に似た女性的な顔と小さな体は年頃の女の子を連想させるのか、この学校ではすっかり姫扱いだ。蒼太とは真逆の意味で虹もそれなりに人気があるらしい。 「だったら、また僕が片付けてあげるよ」  蒼太は手紙を拾い上げ、代わりにティーカップと菓子折をテーブルに並べた。 「ホント? やった、助かった」 「そのかわり、今度はちゃんと自分で断るんだよ」 「今度はね」  ほっとした虹はお菓子に手を伸ばして軽く答える。その隣に座った蒼太が呆れたように、ほんとかな、と笑う。 「虹はモテるから、心配だよ」  蒼太の手が優しく虹の柔らかい髪を撫でる。そんな蒼太に虹は、大丈夫だって、と笑った。
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