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虹がいつも服を買っている店を出た二人は、オレンジに染まる空を見上げた。昼前から買い物だけでなくゲームセンターやカフェなど、虹の行きたいところばかりに夏初を連れまわしていたら、大分時間が経っていたらしい。
「夏初、オレお腹空いた」
紙袋を肩から提げる夏初を見上げ虹が言った。その顔を見やる夏初は少し困った表情を見せる。
「ごめん、虹。俺、これから飲み会あるんだ」
「これからって、何時?」
「六時」
言われて虹は腕に嵌めた時計に視線を向けた。夏初がしていたものを奪うように貰ったその時計は、五時半を指している。
「……コンパ?」
「なんでそんな死語知ってるの?」
「おじさんが言ってた。週末っていったら飲み会だかコンパだかって」
虹に言われた夏初は、なるほど、と笑った。
「春だから色々あるんだよ。虹も大学行ったらわかるよ」
所属毎に新歓会があるんだ、と夏初が言う。虹はその言葉に、ふーん、と頷いてから、それだけ? と返した。
「それだけって?」
「大学に入ると、女の子と仲良くなるための飲み会があるって、蒼太が言ってた」
「なんだ、それ……蒼太って? 友達?」
「うん。どうなんだよ?」
夏初を見上げると、うーん、と難しそうに唸った。それから、俺は行かないかな、と虹に微笑む。
「そういうノリは得意じゃなくて、どうしてもって時しか行かないから。そもそも女の子と知り合いたいとも思わないし」
夏初が答えながらスマホを取り出した。時間を確認したようだ。それを見て虹は夏初の肩から紙袋を取り上げた。
「虹?」
「オレ、一人で帰るから、夏初はこのまま行けよ。どうせ集まるならこのへんか、もう一つ向こうの駅前あたりだろ?」
「こんなに荷物あって一人で帰れないだろ。電車はこの時間混むし、バスだと降りてから少し歩くだろ」
無茶だよ、と夏初は優しく虹の手から荷物を取り上げた。
「一人で平気だってば、このくらいの荷物。みんな待ってるんじゃないの? メンバー足りないと始まらないだろうし」
「だから別に出会いの飲み会とは違うってば。今日はゼミの打ち合わせ込みの飲み会。そりゃ中には女の子も居るけど、そういうんじゃないよ」
夏初は、わかった? と聞きながら駅に向かって歩き出した。
「別に誰と飲もうと関係ないし、オレ」
どうせ酒飲めないし、と夏初の後をついて行くと、拗ねたと思ったのか夏初は、ごめんね、と優しく虹の頭を撫でた。
「今度の休みは一緒に晩飯食べに行こうか」
「……別にそんなフォローしなくていい」
「フォローじゃないよ。俺だって残念なんだ」
夏初の言葉に虹は、どうだか、と悪態をつきながら歩いた。本当は、そう言ってくれるのが嬉しい。嘘だとしても、その約束が叶うことがなかったとしても夏初が自分を気遣ってくれただけで幸せだ。甘やかしてくれているんだとしても、ずっと関係がこのまま変わらなくてもいい。今この瞬間の夏初は自分のものなのだ。けれど、それを素直に伝えるには、虹の性格は少し歪んでいるようで、上手く言えなかった。
「帰ろう、虹。ちゃんと送っていくから」
夏初に言われ頷く。覗いた腕時計の針は六時五分前を指していた。
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