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 目の前に心地よい香りを放つ紅茶を置かれ、虹は顔をあげた。ぼーっとしてたでしょ、と笑う蒼太の顔が見えて虹はそれが図星でも、別に、と答える。 「集中できないみたいだけど、なんかあった?」  いつものように放課後の会長室で虹は蒼太と過ごしていた。それでも今日は遊んでいるわけではなく、資料作りの手伝いをしている。蒼太の言う通り、虹の目の前のPC画面は止まったままだったが、それを気取られないように虹は首を振った。  本当は先日の夏初の言葉を思い出していた。高校生と大学生、年齢にしたらたった四つしか変わらないのに、随分その存在は遠く感じる。  お酒が飲めるとか飲めないとか、交友関係が違うとか、そんな小さなことでいちいち距離を感じて、甘えていると自覚しながら夏初を引き留めている――そんな自分が嫌で、でも今はそれしかない気がして、やっぱり時々思い出して考えてしまっていた。 「何もないよ」  虹が笑んで、止まっていた作業を再開すると、蒼太は虹の隣に座り、目の前に広げたPCに向かった。 「そう。そういえばこの間の手紙、断っておいたよ」 「ありがと。なんか上手く断れなくてさ、オレ。いつまで経っても慣れない」  最初の頃はちゃんと自分で断っていた。手紙をくれたら、手紙でごめんなさい、と謝っていたし、直接言われたら、直接頭を下げていた。  けれど、『虹の直筆の手紙が欲しい』という理由で手紙をくれる人や『二人きりになって話がしたい』という理由だけで呼び出されることが多くなり、怖くなってしまった。 「仕方ないよ。断られる前提で二人きりになるために呼び出されたり、返事保留にしただけで彼氏面されたりしたら、どうしたらいいか分かんなくなるよね」  蒼太はこれまでの虹の苦労を知っている。虹が素直に頷いた。 「でも、ホントは自分で断らなきゃダメだよな。蒼太だって暇じゃないんだし」 「僕のことは気にしなくていいよ。だって、ホントに欲しいのは最愛の人からの好意だけでしょ。その他はどうでもいい。けど、どうでもいいなんて言えないし……慣れないし、難しいのは当然だよ」 「うん、ありがと、蒼太」  蒼太の眼鏡の奥の瞳が虹を捕らえる。確かにこんなキレイな顔で、じっと見つめられたら恋に落ちてしまうのもわかる。その気持ちも伝えたくなるはずだ。 「告白されるなら好きな人にって思うだろ? 虹も」 「うん。好きな人に好きって言われたらそれってつまり両思いってことだし」  夏初とそうなれたらどんなにいいだろうと思う。そう考えながら頷くと、蒼太が微笑んだ。 「じゃあ、虹、僕に好きって言って」 「………はい?」 「だって、僕が好きなのは虹だから」 「………えぇ!」  虹は驚いて蒼太から距離を取った。それを見て蒼太が可笑しそうにからからと笑う。 「冗談だよ。あんまり深刻そうにするからからかっただけ」 「蒼太!」  虹が蒼太を甘く睨むと、悪かったって、とその顔が笑う。けれど、さあ仕事だよ、と言ったその顔はどこか寂しそうだった事が、気になる虹だった。  学校の前で蒼太と別れた虹は自宅方面のいつものバスに乗った。一番後ろの窓際に座り、ぼんやりと外を眺める。夕方の街はサラリーマンや学生など、帰宅の途につく人で溢れている。実際このバスもそんな人たちで混んでいた。虹はイヤフォンを耳に差し込みながらいつものように往来を見つめる。別になんてことはない習慣で、なんとなく人がいる風景を眺めているのが好きなだけだ。そうやって眺めて十分ほど経った頃、虹は知った背中を見つけ少しだけ窓に近づいた。白いシャツにジーンズのその姿は夏初だ。間違いない。けれど、その隣にはワンピースを着た女性が並んで歩いていた。 「嘘……」 思わず声が漏れ、虹は咄嗟に手を口に当てた。  バスは夏初の傍をゆっくりと通り過ぎていき、虹はその間窓に張り付くように二人を見つめた。楽しそうに談笑する二人は、通りにあるカフェを指差していた。虹はバスが通り過ぎると体を捻り後ろの窓に貼りついた。隣のスーツの男性が怪訝な顔をしたがそんなことに構っていられない。  窓越しに見る二人は指差していたカフェに仲よさそうに入っていった。それを見届けた虹はずるずると滑り落ちるように席に戻る。 「……大丈夫?」  虹の様子が異常だったのだろう。隣の男性がそっと声を掛けた。虹はそれに頷く。 「すみません。何か当たりましたか?」  いや、と言う答えにほっとして虹はまた窓に視線を移した。  一緒に居た女の子は誰だろうか。恋人なんだろうか。女の子と出会う飲み会二興味が無いと言っていたのは、既に恋人がいるからだったのだろうか。今のはデートだったのかな……そんなふうに考えていると泣き出しそうになってしまう。虹は震えだした唇を隠すように噛んで俯いた。隣の心配そうな視線に気づかないふりをして、虹はただ自分の震える指先を見つめていた。
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