5

1/2
前へ
/18ページ
次へ

5

 夏初と女の子のデート疑惑を目撃してから、虹は夏初と連絡を取っていなかった。会ったらあの女の子のことを聞いてしまいそうだったし、聞いて「今付き合ってる子」なんて言われたら……そう考えると怖かった。  金曜日のバイトも無理を言って一日ずらし、夏初に会わないようにした。いつまでも避けてはいられない、そうは思うけれど今はまだ彼女を受け入れる余裕はない。  彼女と付き合ってるんだ――そんな言葉を聞いて夢から目覚めた虹は、ぱちりと目を開けた。夢か、と安堵の息を吐く。すると頭上でカーテンの開く音がして、虹は驚いて窓を見上げた。 「お、起きたな、虹」 「な、夏初?」  カーテンを開けていたのは、さっき夢で悲しいことを平然と言ってのけた夏初だった。 「うん、おはよ……っても、もう昼近いけどな」  ベッドの傍に立ち、夏初が両手を伸ばす。虹はそれに自然と腕を差し出していた。夏初がそれを引き、虹を起こす。 「女将さんが勝手に上がって虹をたたき起こしていいって言うからそうしたよ。今日は虹と飯食おうと思ってたし」  ぐっと伸びをする虹に夏初が微笑む。 「飯って? 昼?」 「いや、夕飯。だからそれまで宿題みてやるよ」  夏初は虹の机に近寄って、まっさらな問題集をパラパラと捲った。それから難しい顔をして虹を見やる。 「いや…それは……」  本来なら毎日やるべきものだが、先生が提出を求めないので放っておいたものだ。蒼太には、いつか回収されるから早めに埋めておけよ、と言われているがなかなかやる気がおきない。 「昼飯食って、これやったら夕飯は外で食べよう。帰ったら今日から配信の映画を一緒に観る、で、どう?」 「どうって……夏初、飲み会とかは?」 「毎週飲んでるわけじゃないって前にも言っただろ――ほら、とにかく着替えな」  夏初はベッドに座り込むと虹のパジャマに指を伸ばす。ボタンを一つ一つ外され、虹は動揺した。確かに昔はぼんやりとしている虹の着替えをてきぱきとやってくれていたのは夏初だった。とはいえ、それは小学生までの話だ。パジャマを肩から下ろされそうになったところで、虹はそれを慌てて押さえた。 「いい! 一人で出来るから、下行ってて!」 「ああ……そっか。わかったよ。下でなんか昼飯作っておくよ」  夏初は真っ赤になった虹の頬を指先で撫でてから部屋を出て行った。 「こんなの見られたら色々ばれるよな……」  危なかった、と虹はパジャマを広げた。普段は胸に眠っているピンク色が、つんと尖っている。下半身だって起きぬけという理由に出来るかどうか怪しいくらいの反応をしている。体だけは素直な自分に呆れながら、虹は着替えを始めた。  夏初の作ったホットサンドを食べてから、午後いっぱいかけて問題集を解いた。日曜日だというのに、平日よりも勉強している自分に、夏初と居るためなら何でも出来るんだなと驚いたくらいだ。 「終わったー。腹減ったー」  午後五時を指す時計の針を見て、虹はデスクチェアの背もたれを軋ませながら大きく伸びをした。 「やれば出来るんじゃないか、虹。普段からやっておけばこんなことしなくて済むのに」 「それが面倒なんだよ。高校生は色々忙しいんだよ」  机に寄りかかって立っている夏初を見上げ虹が頬を膨らませる。夏初は、何がだよ、とその頬を指先で突いてから優しく笑んで、何食べに行こうか、と聞いた。虹がその質問に、うーん、と唸りながらあれこれ考えているとベッドに放置していた夏初のカバンからスマホの呼び出し音が鳴った。夏初が、ごめん、と言ってそれを取る。
/18ページ

最初のコメントを投稿しよう!

508人が本棚に入れています
本棚に追加