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日曜日 朝、遥香の病院から電話があった。
「えっ、すぐ行きます」
化粧も、着替えもしないで部屋着のジャージ姿のまま、慌ててマンションを出た。
「谷本 遥香さんの保証人の槙野です」
相談室に通されると、医師と看護師がすぐ入室してきた。
「谷本さんは目覚められましたが、記憶がないんです」
電話で聞いたので、衝撃はなかったが、まだ、信じられない。
「記憶ってどのぐらい」
「自分が誰かわからない。記憶喪失です。脳に異常はないのですが、事故のショックで一時的だと思います」
「記憶は戻りますか、戻らないってことは」
「個人差がありますが、交通事故での外傷性によるものですから、徐々に戻ると思います」
「そうですか。遥香に会えますか」
「無理に記憶を思い出させようとしないでください。ストレスで悪化することもありますので。初めて会ったぐらいな感じで、何気ない会話をしてあげてください」
遥香が目覚めたので、預かっていた貴重品ボックスの鍵を看護師に返した。
美希は廊下で深呼吸してから病室に入った。
「おはよう。怪我大したことなくてよかった。元気そうだね」
まじまじと美希の顔を見つめる遥香だったが
「どなたですか?ごめんなさい。わからなくて」
ホントに記憶喪失なんだ。
「何も覚えてないの?」
「はい…」
「大学の時一緒にテニス同好会入ってたでしょ」
「そ、そうだったの?」
「野島くん覚えてる?彼、ホントに遥香のこと好きで3回告白してきたんだよ」
「そう……なの?」
「遥香は誰とも付きあわないで、周りの男たちをその気にだけさせてた悪い女だったのよ」
美希は遥香に顔を近づけて
「いつも、いい子ちゃんぶってたから、みんなから嫌われてたんだよ」
「ハッ、ハッ、ハッ、苦しい」
「記憶が戻ったら、苦しいだけよ」
美希は遥香の耳元で
「そのまま、消えてしまって」
と呟いた。
「……もういや、苦しい」
遥香は静かにもの悲しく、泣いていた。
美希は医師から言われた逆のことをわざとした。絶対に記憶が戻って欲しくなかったから。
遥香の病室は、お婆さん1人だけだったから、美希は気にもしてなかった。
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