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「梨花、十月の二週目、紘子おばちゃんの十三回忌だから予定開けといて」
「わかった」
アスカちゃんが帰ったあと、リビングで携帯電話をいじっていると、夕飯の支度をしていた母が声をかけてきた。
「今回はアスカちゃんも顔出してくれるかも」
「ほんと!?」
きっとわたしは喜色満面だったのだろう。わたしを見た母の目が、ふと綻んで遠くを見た。
「十三回忌の節目だからね。ここで栄治おじさんと仲直りしてくれないと、紘子お姉ちゃんも報われないわよ」
その言葉に頷いてはみるけれども、栄治おじさんはどうしてそこまで意固地になっているのだろう。
アスカちゃんは、借金をしたわけでも人を騙したわけでもない。ただ、自分に正直に生きているだけだ。なのに、どうして許してくれないのか。肩身の狭い思いをして、実の母の法要に堂々と出ることができないのか。
「栄治おじさん、アスカちゃんを許す気はないのかな」
「栄治おじさんは頭が固いから……昭和の考え方が染み付いてるからね」
苦笑いを浮かべる母に、言いたいことが湧くけれどもぐっとこらえる。母にこの思いをぶつけても仕方がない。それに、一番辛い思いをしているのは、絶対アスカちゃんなんだから。
「紘子おばさんは、知ってたんでしょ」
「なにを」
「アスカちゃんのこと」
ああ、と頷いて母は手拭きで濡れた手を拭った。
「相談は受けてたからね。どんなアスカでも私の子だからって笑ってたけど……実際、目の前で見たわけじゃないし」
「アスカちゃんがメイクとか色々するようになったのって、紘子おばちゃんが亡くなってからだっけ」
「そうよ。多分、アスカちゃんにとってストッパーだったんでしょうね」
わたしはソファに行儀悪く足を広げて坐り、アスカちゃんのことを考えた。
今は好きなことを仕事にし、自分に正直に生きているアスカちゃんだけど、ずっと我慢してきたって言ってた。世間体や親のことを考えると踏み切れなかったって。
でも、紘子おばちゃんが亡くなって、折り合いの悪かった栄治おじさんへの反抗心もあったんだろうね、と母が説明してくれたし、アスカちゃん自身もそれっぽいことを言っていた気がする。
今はすごく自分らしくて、毎日幸せ。アスカちゃんはいつだったか、そう言っていた。
でもね、お父さんにはわかんないんだよね、と少し諦めたように笑っていた。
自分の子どもが「幸せだ」と言っているのに、栄治おじさんはどうしてわからないんだろう。
おじさんの立場や気持ちもあるのだろうけど、もう少し理解してあげればいいのにと思う。自分らしさを捨てて、他人が望む姿で過ごすなんて地獄でしかない。
栄治おじさんは、頭が固いから。
そう呟いた母の姿と、アスカちゃんの華やかな笑顔に隠れた、ほんの少しの昏さ。
もしも今、紘子おばちゃんが生きていたら、自分に正直に生きているアスカちゃんを、誇りに思うんじゃないだろうか。
わたしはソファに横になると足を上げ、我ながら細い足首をじっと見た。
アスカちゃんと同じ遺伝子が入っているであろうこの足は、わたしをわたしらしく生きられる場所に、連れて行ってくれるだろうか。
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