法要

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法要

 十三回忌を執り行うお寺は、栄治おじさんの家が檀家をしていることもあり、長年法要関連を取り仕切っているとのことだった。そういえば七回忌の時もここに来たな、と思い出す。  今回は内々ということで、栄治おじさんと栄治おじさんのお母さん、つまり父方のおばあちゃんであるフクヨさん、わたしと両親が参加とこじんまりとしている。  お寺に着くと、栄治おじさんが迎えてくれた。前に会ったのは紘子おばちゃんの七回忌のときだから五年前か。この五年の間にずいぶんと白髪が増えたんだなぁと思う。  会場に入り、椅子に座って待っているとお坊さんが入場してきた。まずは施主である栄治おじさんが挨拶をする。 「紘子が亡くなってから、十三年という区切りまであっという間でした。私は仕事に忙殺され、紘子の入院時もあまり見舞いに行けなかったのが今でも心残りで……」  淡々とした声で栄治おじさんが語る。読経が始まり、安定したリズムで発されるお経は、ちょっとチルなラップっぽいなと思いながらも、少しずつ重くなるまぶたを懸命に押し上げる。  わたしはちらちらと扉のほうを見た。アスカちゃんの姿はまだ、なかった。  母にならって焼香し、お坊さんのお話を伺う。その間、何度も振り返って扉のほうを確認したけれども、扉が開く気配はまったくなかった。アスカちゃん、本当に来るのだろうか。  お坊さんの話が終わり、お墓のほうに移動する。墓石に水をかけ、ブラシでこすって綺麗にするのは、栄治おじさんと父がやってくれてた。  わたしは母とフクヨさんと一緒に仏花を活ける準備をした。といっても、お花は華道のお免状を持っているというフクヨさんが活けたので、わたしと母は包装紙や輪ゴムなどをひとまとめにし、ゴミ箱に捨てたりしていた。  まとめたお線香に火をつけ、供える。ゆらゆらと煙が立ち昇る。空が高く、青い。どこかでトンビの鳴き声が聞こえている。  順番にお墓に手を合わせる。わたしは一番最後に手を合わせた。  紘子おばちゃん、アスカちゃんの今の姿、知ってる?  わたしは昔よりも今のアスカちゃんが好き。おしゃれできれいで、メイクもすごく上手。一緒にいると楽しいの。  しょっちゅう出かけたりはできないけど、お出かけする時は洋服見繕ってくれたり、メイクのコツを教えてくれる。すごく素敵なんだよ。アスカちゃんは、自分に正直に生きているよ……。  栄治おじさんとフクヨさんに別れの挨拶をし、車に乗り込んだ。  栄治おじさんは自分の車の後部座席にフクヨさんを乗せると、運転席に座ってシートベルトを締めている。  アスカちゃん、結局来なかったなぁと残念に思う。  もしも栄治おじさんがアスカちゃんの今を認めて許してくれたら、アスカちゃんは紘子おばちゃんの十三回忌に出席できたのに。  そんなことを考えていると、栄治おじさんになんだか腹が立ってきた。アスカちゃんが自分らしく生きられなくて辛かったのは、栄治おじさんにも責任があったのに。  栄治おじさんの車がお寺の門を出ようとしたときに、横から紺色のワンピースを着た女性が入ってきた。  いつもの派手な洋服やメイクと違ってすごく地味にしているけど、アスカちゃんだとひと目でわかった。  アスカちゃんは、栄治おじさんの車から顔を背けるように不自然な姿勢で、早足でお墓のほうに向かっていく。  わたしは思わず車を飛び出し、アスカちゃんを追いかけていた。  梨花! と、母がわたしを呼ぶ声がする。  視界に、栄治おじさんが車を止めて降りてくるのが目に入った。  栄治おじさんの顔が真っ赤になっている。怒っているんだ。  嫌な予感がした。栄治おじさんのほうが足が早い。途中で追い抜かれて、わたしは思わず駆け出した。お墓のほうから、何かが叩かれる音がした。 「なんだその格好は!」  栄治おじさんの怒声が聞こえる。わたしは気が急いて足が絡まるのを感じながら走った。  お墓の影に、アスカちゃんがうずくまっている。栄治おじさんに殴られたんだろう。 「相変わらず女みたいな格好でちゃらちゃらしおって! そんな姿で墓参りに来るんじゃない!」  栄治おじさんの声が震えている。わたしは足が竦むのを感じながらも、アスカちゃんを庇おうと栄治おじさんの前にまろび出た。 「梨花ちゃん、あっち行ってて」  アスカちゃんが頬を押さえながら、震える声で言った。見ると、唇の端が切れて、少し血が出ている。わたしは震える声で言った。 「おじさん、やめてください」 「梨花ちゃんには関係ない、あっちに行っていなさい」 「お父さん」 「お父さんなんて呼ぶな! こんなのは私の息子じゃない!」  栄治おじさんの手が再び上がる。わたしはアスカちゃんを庇おうと覆いかぶさった。  ぎゅっと目を瞑り、アスカちゃんにしがみつく。制服の背中を、アスカちゃんの手が抱きとめる。 「何しているの、あなたたち」 後ろからかけられた落ち着いた声に、わたしはうっすらと目を開けた。  フクヨさんが、凛とした眼差しで栄治おじさんを制していた。 「こんなところで見苦しい。アスカも早く立ちなさい」  フクヨさんはわたしを見、そして追いかけてきた母を見て言った。 「このバカ息子が醜態を晒して申し訳ないです。申し訳ないついでに、少し付き合っていただきたいのですが」
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