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結局、わたしたち家族とアスカちゃんが同じ車に乗り、栄治おじさんの車の先導で、少し離れたところにあるお茶屋に行くことになった。
このお茶屋は、フクヨさんの行きつけで、個室もあるらしい。
きれいな花が活けられた廊下を通り、奥の個室に案内されると、フクヨさんはお抹茶とその日の生菓子を人数分注文した。空いていた店内は、急に忙しい空気になった。
「アスカ、久しぶりね」
「おばあちゃん」
「顔上げて。まあ若い頃の紘子さんに瓜二つだこと」
アスカちゃんの顔を見たフクヨさんは、顔を綻ばせた。
「母さん、やめてよ」
栄治おじさんは変わらず険しい表情だ。
お茶とお菓子が運ばれてきた。フクヨさんが「お召し上がりください」と声をかけてくれて、恐る恐る生菓子を一口大に切って口に入れた。
「俺は絶対許さんからな」
栄治おじさんは、アスカちゃんのほうを見向きもせずにそっぽを向いて、腕を組んだ。
「アスカ」
フクヨさんは優しく、労るように声をかけた。
「ちゃんとご飯は食べてるの? お金に困ってない?」
アスカちゃんはぐっと声を詰まらせ、少し泣きそうな顔をしながら答えた。
「自炊してるし、一人でちゃんと暮らせてる。仕事もしてるから、心配しなくても大丈夫」
「そう、ならいいのよ」
フクヨさんは、栄治おじさんに向き直った。
「あんたはまだアスカちゃんを認めてないようだけど、どうだったら許せるわけ」
「だって母さん、アスカはれっきとした男だ。それがなんだ、いい歳をしてこんな格好をして。ただの気の迷いかと思ったら、紘子が逝った後ずっとこれだ」
「あんた、紘子さんから何も聞いてなかったの」
「何もって、何を」
フクヨさんはふっと嘆息した。
「あんたは仕事が忙しいといって子育てを全部紘子さん任せにしてたね。
だから子どもの気持ちがわからないし、相談もしてもらえなかった。
紘子さんがアスカちゃんのことで相談があるって言ったときも、仕事を理由に聞く時間を作らなかったね。そのツケはちゃんと回ってくるんだよ」
「けど、本当に仕事が忙しかったし、紘子が専業主婦なんだから、子どものことを任せるのは当たり前だろう」
「あんたもいいかげん時代に合わせて変わらないと、この先生きるのが大変になるよ」
フクヨさんはアスカちゃんに向き直った。口角が少し上がり、優しい笑みを浮かべている。
「アスカ、今、幸せかい」
アスカちゃんが肯く。それを見た栄治おじさんはいかにも腹立たしいとばかりに舌打ちをした。
「紘子さんも相当悩んだみたいだけど、亡くなる直前にあたしは頼まれたのよ。アスカのことをよろしくって」
「え……、なんで、母さんに」
「あんたの頭が固すぎるからでしょ」
フクヨさんは栄治おじさんを一瞥すると言い放った。
「アスカ、あんたのお父さんはこの通り頑固で、今後もあんたのことを許してやれないかもしれない。でも、あたしと紘子さんはあんたのことをちゃんと受け入れてるよ」
「おばあちゃん……」
「お見舞いに行ったときにね、紘子さん言ってたわ。葛藤したけどアスカが幸せなのが一番って。
栄治は頭が固いし、男尊女卑思考が強いから、きっとアスカと一悶着起こす。そのときはお義母さん、仲裁よろしくお願いしますってね」
アスカちゃんはその言葉に、きゅっと顔を歪めた。わたしは思わず、隣のアスカちゃんの手を握った。本当は背中をさすってあげたかったけど、それをしたらきっとアスカちゃんは泣いてしまうだろう。栄治おじさんの前で、アスカちゃんは絶対涙を見せたくないんじゃないか。そう思ったから、手をつなぐだけにした。
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