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とある店
「だいぶ雪が積もってきたなあ」
田貫好太は会社を出て家に向かっていた。普段は車で通勤しているけど、積雪のため会社に車を置き、電車で帰ることにした。最寄り駅まで歩いていると、その途中に日本家屋で雰囲気のある、老舗らしいそば屋があった。
「こんなところにそば屋があったとは!」
たまには歩くのも良いものだ。田貫は温かいそば屋が食べたくなってきた。鰹が香る出汁は最高だ。
しかし、今夜は家で待っている妻のことを思い出し、じっと我慢した。
「今度来てみるかな」
そば屋の入口には、信楽焼のタヌキの置物があり、田貫の目に止まった。笠は頭の後ろにかけてあり、タヌキの頭には雪が積もっていた。
「お前も寒いだろう?」
田貫は素手でタヌキの頭上に積もっていた雪を払った。そして、自身が持っていたポカポカなホッカイロをタヌキの頭の上に載せた。
「これで我慢するんだぞ」
そのとき、キラリ〜ンとタヌキの2つの目が光った。田貫はそれに気がつくことなく、再び駅に向かって雪の中を歩き始めた。
帰宅すると、田貫は妻に今日の売れ行きが悪かったことを伝えた。田貫は小さな中古車販売店を経営しているが経営状態は芳しくなかった。
「今日は雪だから仕方ない」
「弱気なことは言わないのよ。雪の日だって売れるところは売れているわ。あなたの努力が足りないの。もっと営業に行きなさい」
妻は外で降る雪よりもさらに冷たかった。田貫は、あの店で温かいそばを食べてくれば良かったと少し後悔した。
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