恩返し

1/1
前へ
/6ページ
次へ

恩返し

どこから続いているのか分からないが、通りから家の駐車場まで雪の上には(わだち)が残っている。 ふと、田貫が通りの先を見ると、街灯のもと、信楽焼のタヌキが帰っていくのが見えた。タヌキの頭にはホッカイロが乗っかっていた。 そうなのである。ポルシェは信楽焼のタヌキが引きずってきた、田貫への贈り物だった。 「あのときのタヌキか!」 「えっ、何よ?」 「そば屋のタヌキだ」 「そば屋がどうかしたの。それよりも…。リセールが良いポルシェよ。新車に見えるし。とりあえず乗ってみましょ。早く車のドアを開けて」 「えっ、ちょっと待って」 ガチャガチャ。 ガチャガチャ。 田貫は車のドアを開けようとしたが、少しも開かなかった。 「早く開けなさいよね!」 「開かない。鍵がかかっているんだ」 「はあ〜っ。乗れない車は意味がないわ!」 「そうだけど…」 田貫はどうしたものかと思案していた。妻は車の周りを歩き回っている。 「ねぇ、こっちを見て。この車ってナンバーが付いていないわ。もしかしたら、どこかの店から誰かが引っ張って来たのかもしれない」 「エンジンの音が聞こえなかったからな」 「うちの駐車場で見つけたのだから、これは私の物よね。一応、雪の上に残ったタイヤ跡は消したほうが良いのかしら。それとも雪が降り積もれば自然と消えて大丈夫?」 「そんな証拠隠滅みたいなことは…。もし盗んできた物なら、このままでは事件になってしまう。持ち主に返さないと」 「あなた、何を言ってるの。ポルシェよ。2,000〜3,000万円で売れるはず。売れた分だけ丸儲けだわ」 「ん!?」 「あなたの店でこの車を売れば良いじゃない。中古車屋でしょ?」 「ええぇ〜っ」 「当然のことよ」 「いやいや、盗難車かもしないし…。鍵もないし…」 「そのくらいは自分で何とかしなさい!」
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加