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わたしの好きな時間
「好きです、付き合ってください」
みんなが帰った放課後の教室で告白場面に遭遇した。咄嗟に身を隠してしまい、なんだか悪いことをしている気分になる。
数秒の後の返答は拒否だった。告白した彼は振られてしまったらしい。「だよなー、ごめん」と潔く諦めたような笑顔で数秒立ち尽くしていた。そしてこの場から逃げ出すようにして彼の方が教室を出ていく。
「ごめんね、わんちゃん」
彼がいなくなってから、教室にいたあいちゃんに呼ばれる。身を隠すのをやめ、立ち上がる。
「わたし、モテるから」
先程までの神妙な面持ちから一転、子供っぽく私に嫌味をぶつけてくる。
「わたしぃ、モテるからぁ」
「うざ」
すり寄ってきたあいちゃんを手で物理的に押しのけて、自席に向かう。横にかけていたカバンを机の上に置いて、教科書を詰め込んでいく。
「いやー、人気者は困っちゃうな」
「あっそ」
「なになに、羨ましいって? 羨ましいって?」
「ほんとうざ」
どうせみんなクリスマスの雰囲気に当てられているだけだろう。でなければ誰がこんなうざいやつに告白なんかするのだろうか。
すべてをカバンに詰め込み終わると、あいちゃんを無視して教室から出る。しばらく歩いていると、足音が近づいてきて、私の隣でそのテンポが緩まる。
「ごめんて、そんな怒んなって」
「怒ってないし」
それでもごめんを言い続けてきて、逆にしつこすぎてさらにイラっとする。一度立ち止まって大きく息を吸い、吐き出してから「いいよ」と許してあげた。
「ただし、なんで付き合わなかったか教えて」
「え、なんで?」
すっとんきょうな声で聞き返すあいちゃんに「なんとなく」と本当の理由を濁して訊く。
「んーまぁ、好みじゃなかったっていうか、好きじゃなかったっていうか」
腕組みして左右に大きく揺れながら考えている。その間も歩みは止めずにいるため、何回かぶつかってきた。
「恋人が出来たら自分の時間が減っちゃうのかなって」
「自分の時間?」
「そ」と私よりも一歩前に出て、振り返ってきた。
「わたしの好きな、わたしの時間」
「そーなんですねー」
適当にあしらう。いつものようにまただる絡みが始まると思いきや、白けた目を向けてきた。
「なに?」
「いぃ~やぁ~」
「なにさ」
「わんちゃんは風情がないなぁと思って」
「そりゃどうも」
「趣もしくは雅、もしくはをかし」
「なんかはらたつ」
恋愛に憧れていて、少しだけ告白されたのが羨ましい嫉妬も込めて、カバンをあいちゃんにぶつけた。
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