わたしの好きな時間

1/1
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/8ページ

わたしの好きな時間

「好きです、付き合ってください」  みんなが帰った放課後の教室で告白場面に遭遇した。咄嗟に身を隠してしまい、なんだか悪いことをしている気分になる。  数秒の後の返答は拒否だった。告白した彼は振られてしまったらしい。「だよなー、ごめん」と潔く諦めたような笑顔で数秒立ち尽くしていた。そしてこの場から逃げ出すようにして彼の方が教室を出ていく。 「ごめんね、わんちゃん」  彼がいなくなってから、教室にいたあいちゃんに呼ばれる。身を隠すのをやめ、立ち上がる。 「わたし、モテるから」  先程までの神妙な面持ちから一転、子供っぽく私に嫌味をぶつけてくる。 「わたしぃ、モテるからぁ」 「うざ」  すり寄ってきたあいちゃんを手で物理的に押しのけて、自席に向かう。横にかけていたカバンを机の上に置いて、教科書を詰め込んでいく。 「いやー、人気者は困っちゃうな」 「あっそ」 「なになに、羨ましいって? 羨ましいって?」 「ほんとうざ」  どうせみんなクリスマスの雰囲気に当てられているだけだろう。でなければ誰がこんなうざいやつに告白なんかするのだろうか。  すべてをカバンに詰め込み終わると、あいちゃんを無視して教室から出る。しばらく歩いていると、足音が近づいてきて、私の隣でそのテンポが緩まる。 「ごめんて、そんな怒んなって」 「怒ってないし」  それでもごめんを言い続けてきて、逆にしつこすぎてさらにイラっとする。一度立ち止まって大きく息を吸い、吐き出してから「いいよ」と許してあげた。 「ただし、なんで付き合わなかったか教えて」 「え、なんで?」  すっとんきょうな声で聞き返すあいちゃんに「なんとなく」と本当の理由を濁して訊く。 「んーまぁ、好みじゃなかったっていうか、好きじゃなかったっていうか」  腕組みして左右に大きく揺れながら考えている。その間も歩みは止めずにいるため、何回かぶつかってきた。 「恋人が出来たら自分の時間が減っちゃうのかなって」 「自分の時間?」 「そ」と私よりも一歩前に出て、振り返ってきた。 「わたしの好きな、わたしの時間」 「そーなんですねー」  適当にあしらう。いつものようにまただる絡みが始まると思いきや、白けた目を向けてきた。 「なに?」 「いぃ~やぁ~」 「なにさ」 「わんちゃんは風情がないなぁと思って」 「そりゃどうも」 「趣もしくは雅、もしくはをかし」 「なんかはらたつ」  恋愛に憧れていて、少しだけ告白されたのが羨ましい嫉妬も込めて、カバンをあいちゃんにぶつけた。
/8ページ

最初のコメントを投稿しよう!