明日、青い秋の

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明日、青い秋の

「青い秋って知ってる?」 「青い秋?」  念願だった夏休みがあっという間に溶けてなくなり、二学期のテストも終わった頃。あいちゃんが不意にそんなことを言い出した。 「そう、青い秋」  テストはあいちゃんが念願の1位を果たして、私は3位だった。高校に行くのにわたしが足を引っ張りそうで、そして煽られるのも嫌なことから、より一層勉強に時間を費やしていた。 「知らない」 「なんでも青い秋のことを知ったらその次の日には、その人の一番大切なものが消えてなくなってるんだって」 「へぇー」  青い春なら知っている。有名な小説を映画化したとかで、アオハルアオハルとクラスの女子が騒いでいた。青い秋なら青秋(せいしゅう)だろうか。アオアキ。どこかにいそうな名前だ。  わたしのノートの端に『明日、青い秋の』と書いてくる。それを指さしながら、「で、この『青い秋の』に続く言葉を見つけると、大切なものは消えないかもしれないんだって」と追加情報を提示してくる。 「だからさ、この謎を解き明かしてよ」 「忙しいから無理」  キッパリ断るとニヤニヤ笑みを浮かべながら近づいてきて、 「ふーん、そんなに私と同じ学校に行きたいんだ」  と言った。とんとん、と広げてる教科書を指で叩きながら。 「は? そんなわけないし。ただあいちゃんに負けてるという事実が許せなくて蕁麻疹が出そうなだけ。ほら」  腕まくりをして見せるも、実際に蕁麻疹なんかなかった。 「ないじゃん」 「出そうなだけだって」  してやったとあいちゃんを見る。すると向こうもなぜか口元が緩んでいていた。そして。 「そっか、じゃあ仕方ない」  と諦めのいい言葉でこの会話を締め括った。 「え、なに怖いんだけど」 「わんちゃんだけ高校に落ちるのが?」 「言ってろ」  ははははって笑い声を上げてあいちゃんが笑う。いつものように、なんてことないことに。  それから私だけ勉強していて、あいちゃんはその様子を見ているだけだった。誰々が付き合い始めたとか、最近見ている動画のこととかを話しながら一緒に帰る。  いつものようにくだらない話で盛り上がって、その日を終えてしまった。 「皆さんに残念なお知らせがあります。この度、青野愛亜さんが転校することになりました」  翌朝に先生から聞いたその言葉と空席となった机を見つめて、あいちゃんがいなくなるということを初めて知ることになった。
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