Ⅰ.見合わせ

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Ⅰ.見合わせ

 ――朝から大浴場に行こう、なんて考えたのは久しぶりだった。  出張で金沢を訪れる時は、いつもこのビジネスホテルに泊まっている。通算すれば十泊以上はしているだろう。  得意先に近いことも勿論だが、このホテルに落ち着いた理由としては、この大浴場がついているという点が大きい。仕事柄出張が多くなりがちだから、その尊さを身にしみて感じている。  ただでさえお家が大好きな私にとって、外泊は落ち着かない。それに加えて連日ユニットバスでシャワーなんてことになると辟易してくる。だから初めてこのホテルに泊った時は革命だった。大浴場に足を踏み入れた時、「ビジホでこんな旅行感味わっていいの!?」ってなったし、気分転換にも疲労回復にもなった。  けれども、あくまで仕事。  通常は出社ギリギリまで寝ていたい性分の私にとって、朝から大浴場に来るというのはハードルが高く、入ってもシャワーくらいだった。  それが今日は、ゆったりと朝から湯船に浸かっている。幸いなことに平日朝八時の大浴場は貸切状態。私だって予定通りならばとっくにホテルを出ている時間だし、ビジホである以上当然といえば当然だった。  浴槽からはガラス越しに外の景色が見える……というのが触れ込みだったが、基本的に外気との温度がありすぎて曇っているため、眺望を楽しむには及ばない。まあ十五階とはいえ、女湯がクリアなガラス張りというのも困りものなので、曇っているくらいでいいと私は思っている。  私は浴槽から少し身を乗り出して、曇ったガラスの一部を手で擦った。鮮明とまでは行かないが、駅前の町並みがおぼろげに姿を現す。車も人も、駅に向かい足早に動いている。その光景に少し優越感を覚えた。  鼻歌混じりに、隙間から空を見上げてみた。なんだか空が低い。重苦しい雲が今にも迫ってきそうな威圧感がある。雪国育ちでもなんでもない私ですら、降雪を予感するような空だった。
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