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それからの車内は中々の雰囲気になった。
周囲から電話の声が聞こえてくるのは勿論のこと、駅員が通りかかる度に乗客が説明を求める。中には怒号を浴びせる人もいた。しかし駅員とて情報がないのは同じなので、「状況が分かり次第……」としか返すことが出来ず、それがさらに乗客の感情を逆撫でする悪循環だった。
私は「騒いでも仕方がない」という言わば「諦めの境地」に達していた。万が一、万が一だが、ここで一夜明かすことになったとしても、充分な食料はスーツケースに入っている。水分だって、乗り込む前に買ったお茶とコーヒーがある。だから最悪の場合でもなんとかなる。
私は前の座席後部にある電源プラグからノートPCを充電し、そのノートPCからUSBケーブルで電源をとってスマホとWiーFi機器も充電した。ある意味でテレワークと同じような環境が出来たし、長期戦への準備は整っていた。
不安なのは天候だ。
電車が止まってから一時間くらいは経過しているが、その間に降雪は勢いを増していた。田園風景はあっという間に冬化粧し、視界は白くなっていた。よくニュースで見るような「線路を歩く」とかになった場合、それこそ身の危険を感じるような寒さになるだろう。
そして運転が再開されても雪で動けなければ意味がない。流石に一夜明かす以上の準備はないし、そうなった場合は避難とか救助という言葉が現実味を帯びてくる。
「――食べます?」
私が最悪のシミュレーションをしていると、後部の座席からすっと伸びた手が、私の顔の横にスナック菓子を突き出していた。
「え?」
振り向いて目線を上げると、後部席から身を乗り出している若い男性の姿があった。先程会話をしていた人だろうか。スーツ姿から察するに、私と同じビジネス目的のように見える。
「お菓子、食べます?」
返さない私に、なおも小首を傾げながらお菓子を突き出してくる。
「あ、じゃあ……」
私は思わず、棒状のスナック菓子を一本手に取った。私が押しに弱いのか、彼の押しが強いのか。
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