18人が本棚に入れています
本棚に追加
私が手に取ったのを見て嬉しそうに微笑んだ彼は、一段と若く見えた。いや幼く見えたと言ったほうが近いだろうか。それくらい、毒気のない可愛らしい笑顔だった。
「いやあ、電車動かなそうっすよね」
「あ、はい、そうですね」
やはりさっきの電話の声の主だ。いかにも営業マンといった軽妙な口調と、声の張りがある。
「あの……何か、用ですか?」
私が警戒心丸出しで問いかけると、彼は目を丸くして否定するように手を左右に振った。
「あ、すみません、ナンパとかじゃないですよ! ちょっと情報交換がしたかったって言うか、暇だったって言うか――」
そこまで言うと、一度言葉を切って、片方の口角だけ上げながら発する。
「――いや、まあ、それってナンパですね」
否定の勢いと、その後の自己解決っぷりがなんだか可笑しくて、思わず吹き出してしまった。悪い人ではないような気がしたせいかも知れない。
私が笑ったのを見て安心したのか、すこし恥ずかしそうな顔をしながら、彼は問いかけてきた。
「お仕事……ですよね?」
「はい、出張の帰りで」
「ですよね。一緒です、僕も」
「どこから乗りました?」
気付いたら私も質問を返していた。
いや別に、興味があったわけではない。エンドユー的な感じだ。
「富山です。僕が乗ったとき、寝てましたよね」
「え!? 見られてたんですか、やめてくださいよ!」
「いやいや、可愛い寝顔でしたよ」
私は恥ずかしさとツッコミ的な意味を含めて、初対面で名前も知らない彼の頭を軽く押してしまった。やってから「あっ」と思ったが、彼は特に気にした様子もなかった。
「そっち、行ってもいいですか?」
彼は私の横を指さした。私は三人掛けのシートの窓側A席に座っていた。隣とその隣のBC席は始めから空いていたし、断る理由もなかった。
「ナンパじゃないですよね?」
「いや、もうナンパでいいですよ」
彼はそう発しながら、ひと席空けたC席に腰掛けた。
最初のコメントを投稿しよう!