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Ⅲ.エスケープ
その後、乗客の八割程度は歩いて軽井沢駅を目指したと思う。
上空ではヘリの音が響いていたし、スマホでニュースサイトを見たら、線路を歩いている人の動画が映し出されていた。外でも結構なニュースになっているようだ。
私と喜久田さんは、それぞれ会社に「車内に残る決断をした」という内容の連絡をした。上司も「悪天候だしそれでいいと思う」と肯定的な意見をくれたので、少し安心した。本心は天候への不安より出会いの期待だったりしたので、ちょっとの罪悪感もあったが。
私はスーツケースから金沢土産の食料を出して、喜久田さんとの間にあるB席に広げた。喜久田さんも荷物を持って本格的に席を移動してきて、持っていたお菓子やペットボトル飲料を座席に置いた。
「これ、食べちゃっていいんですか? お土産でしょ」
「いいですよ。同僚とか友達に買っただけなので。緊急時だし」
「旦那さんとかは……いないですよね?」
「はい。そっちも奥さんとか……」
「いないです!」
よく考えれば、年頃的に結婚していてもおかしくはない。互いに確認が漏れていたことに苦笑しつつ、独り身であったことに安堵した。
私達の乗っている車両には、老夫婦と私達、それとビジネスマンが数名しか残っていなかった。だから乗客たちは皆、他の乗客に気を遣う必要もなく、前の席を回転させて自分側に向けて快適に過ごそうと工夫した。
電車が止まって五時間、乗客が軽井沢を目指して一時間程経過した。
外はもう完全に数センチの雪が積もっている。車内は暖房も効いているし実感はなかったが、相当な寒気に見舞われている。
それとは対象的に、私と喜久田さんは仲を深めていった。
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