彗星降る夜

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〈I〉  ブラックホールに引き込まれつつある星の破片を想像する。相対性理論ではブラックホールの周辺は空間同様に時間もひずんでいて、地球からもしも観察できればその破片はいつまでも留まって見えるという。  俺達三人にお誂え向きの喩えじゃないか。  昨日の夜、リュンの部屋のベッドでまたミュイを抱いた。本当に欲しいものがお互い手に入らないから、その代用だとでも言うように。  このまま出口のない毎日を送り続けるわけにはいかない。そのことばかり考えていたのに、ミュイはこのまま行けるところまで行くと言い切った。  自分のどこかに怯えを感じ、それはミュイを乱暴に扱うことに繋がった。それでもミュイは落ち着いたもので、こちらを安心させるように俺のうなじを撫で続けていたのだから困ったものだ。   *  朝から少し薄雲が出ていたので心配したが、午後になると雲は東へ一掃され、絶好の観測日和となった。  比較的長い百二十年周期の彗星出現という一大イベントのため、勤務先の天文台では子供達を集めての観測会が間もなく始まる。  普段は大望遠鏡の調整やプラネタリウムの点検に精を出している俺みたいな機械屋も、こういう時は手伝うことになっている。  子供は昔から好きだったし、子供相手に星の見つけ方や神話について語っていると、大学時代を思い出した。  後輩の頭をはたきながら望遠鏡の調節の仕方を偉そうに教えていた頃。二年下だったミュイは理系部員ばっかりのサークルで初の文学部生で、俺もリュンも面白がったものだった。  絶妙の調和がとれていた頃。懐古趣味はないつもりなのに、最近そういった記憶が油断すると矢のように降りかかってくる。成す術もなく射抜かれ、思い出の鋭利さに息を呑む。
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