3人が本棚に入れています
本棚に追加
<前編>
「ええか、吉助。これは、俺達だけの秘密だがんな?」
それ、をする時。父さんと母さんは、僕のことをとても冷たい目で見下ろす。
冷たい海に、一隻の釣り船。そこに乗せられているのは、ボロボロの衣服をまとった男の人と女の人、そして女の人が抱えている赤ちゃんだ。
彼等は紛れもなく人間だった。ただ一つ、ある身体的特徴を覗いては。
「絶対に、村の外のやつらにバラしちゃなんねえ。それをしたら最後、俺らは村八分にされちまう。おめえが一人で追い出されるかもしんねえ。絶対嫌だろ、そんなことは」
「う、うん……」
「わかってんならええ。……俺らだって、こんなことが正しいと思ってるわけじゃなか。仕方ねえことはある、この世の中には」
「……うん」
父さんと母さんに、代わる代わる言われてしまってはどうしようもない。遊飛が沈みかけた海、小さな灯篭だけを掲げて船は海へと漕ぎだした。父さんが男女と赤ちゃんを乗せた船で進んでいくのを、僕は母さんと一緒に見送るしかなかったのである。
薬で眠らされた彼らは、まだ暫く目覚めないだろう。
気づいた時は岩だらけの離島でした、なんて――文字通り、悪夢のようなことだと思う。あの島に資源が乏しいのは明白で、まっとうなやり方では生きていくことさえままならないのだから。
それでも、父さんの手で彼等が“島流し”になった理由はただ一つ。
「ねえ、母さん」
僕は震える声で、母に告げたのだった。
「僕達は、本当に“鬼”にならないの?鬼になったらあの人達みたいに、島流しされちゃうの?」
僕の言葉に、母さんは首を横に振ったのだった。
「滅多なこと言うもんでねえ。俺たちはただ、与えられた役目をこなすしかねえんだべさ。心清らかに過ごしてれば、俺らは鬼になんねえ。みんなそう言っとる。それを信じるしかねえべ」
「……うん」
心清らかとは、なんだろう。あの、小さな赤ちゃんとそのお父さんとお母さんは、清らかではないと神様に判断されるようなことをしたのだろうか。
彼等が島流しされた理由はただ一つ。
頭に角が生えてきたから。――ただ、それだけなのだ。
最初のコメントを投稿しよう!