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都に鬼が出て、悪さをしている。その噂は、この寂れた漁村にも聞こえてきていることだった。もう一年以上前からである。
鬼たちは頭に角が生えており、赤黒い肌に屈強な体格をしているらしい。そして、人間を主食としている。夜な夜な都に繰り出しては、見回りの兵も、牛車も襲い、人間を頭からバリバリと喰らってしまうのだそうだ。
正直なところ、彼等と遭遇した者達はほとんどが殺されてしまうため、本当に鬼が実在してそのように人を食うのかは分かっていない。
ただ、実際に死者が出ているのは間違いないらしい。腸を食いつくされた人、頭がなくなった人、両手両足を引きちぎられた人。いずれも、獣のような鋭い噛み傷があったという。そして、誰かが“大きな体の人影が逃げて行くのを見た”と証言したことから、瞬く間に“鬼の仕業”という噂が広まった。都が山から遠く、クマが降りてくると考えにくかったというのもあるのだろう。
貧民も、公家の者達も、それこそ帝の身内や陰陽師でさえ被害に遭っているという。
早く退治してほしいという声は次々上がっているが、いかんせん相手は神出鬼没で捉えどころがない。そして、遭遇したかと思えばたちどころに食われてしまう。都の人々を震え上がらせるには十分だったというわけだ。
「本当に鬼はいるんだろうか」
ある日のこと。浜辺で遊んでいる時、僕と一番仲良しの友達、貫太が僕に言ったのだった。
僕と同い年の九歳。誕生日も近く、僕の母と彼の母は昔ながらの友達だったと聞いている。
「都で鬼が出たという話だが、誰もその姿を見ちゃいねえんだぜ。森が遠いからといって、クマが絶対出ないとは言い切れない。それに、獣に見せかけた強盗かもしれないだろう。何故、鬼だとみんな決めつけてんだろうな」
「……そういうこと、大きな声で言わない方がいいよ。みんな鬼の仕業だと信じてるんだから」
僕は周囲を見回しながら言う。周辺に、僕たち以外の人はいない。わかっていても気が気ではなかった。
貫太がこの村の仕組みに疑問を抱いていることは、前々から察していたからである。
「安心しろ、誰もいねえ。おめえだから話すんだ、吉助」
ふん、と鼻を鳴らして言う貫太。
「俺が思うに。鬼ということにした方が、都合がいいのさ」
「どういうこと?」
「鬼ってことは、人じゃねえってことだろう?つまりバケモノだ。犯罪者だろうと、お上の裁きを通さずに殺したら法律に触れるし、世論も騒がしくなる。けど、バケモノなら関係ねえ。いきなり槍で突いて殺そうが、刀で首を斬り落とそうが、“バケモノだからしょうがねえ”で全部話が片付いちまう。つまり、面倒な手続きを一切踏まなくていいってことだ。ついでに、罪悪感もない。人間を殺しちまったことを気に病む奴は多いが怪物を殺したことで悩む奴は多くはねえからな」
つまり、と彼は続ける。
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