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乗り込んだバス停から一番遠い場所で降りると、僕はすぐに傘をさした。そして、雨にうたれないように気をつけながら、空を仰ぐ。都市部から離れても、空はずっと薄暗く、変わり映えがない。天井クロスを眺めている気分だ。きっと、降り注ぐ水滴も雨漏りなのだろう。穴を塞いでやれば終わる。そう、きっと終わるはずだ。僕は心に言い聞かせ、ゆっくりと歩きだした。
バス停近くの登山口から、山道を登った先に氷の魔人の家は建っている。木々が林立した山の背景と、調和をとるような豪邸だ。建物自体は高い塀に囲まれており、山道から見える位置に、立派な二本の柱に挟まれた門扉がある。
柱には、後から両面テープで貼り付けたみたいに陳腐で、絢爛さとは不釣り合いなインターフォンがあったので、僕はそれを鳴らした。すぐに男のしわがれた声が聞こえてくる。
「どなた様でしょう」
「氷の魔女に用がありまして」
「奥様は今、面会を拒否しております」と男は言う。その声の――演者が、台本を読むスイッチをいれたような声音の変化に、自分以前にも何人かがこの屋敷に訪れたのであろうことが伺えた。だが当然、ここで引き下がる訳にはいかない。
「花の魔人といえば通してくれる筈です」と僕は言った。
「左様でございますか」男の声が少し上ずるのを感じた。
「少々お待ちください。奥様に確認を」
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