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外に出ると、昨日までの街は見る影もなかった。今朝、窓から覗いた景色は、切り取られた世界の一部に過ぎなかったが、今眼前に広がる世界は現実であり混沌そのものだ。まだ現実を受け止めきれていない老人は、雪かきスコップを手に持ち、それで水たまりをすくっては外の方にどかしている。子供は恐る恐る植物の上に被さる雨水を握ろうとしてみるが、手のひらには捕まらず、ボトボトと零れ落ちていく雫をみては慟哭した。ご婦人方は昨日までと同じように傘をさして優雅に歩いている。だが、傘にはまぶされた砂糖のような白は乗っておらず、黒い布地が露出していた。――なんてことだ。このままでは世界は氷の魔人と心中してしまう。雪解けとともに我々の住処も大海に溶けて、地球は青一色になってしまう。そうなる前に、手を打たなければ。――僕は氷の魔人の家を訪ねることにした。家を出る前から決めていたことだったが、その決意がより確固たるものとなったのだ。――なんせ、僕は海水が嫌いなのだから。
氷の魔人の家は街外れにある為、僕はバスに乗った。バスの床にも路面と同じように水たまりが出来ていて、本当にこの街が水没してしまう前兆のように思えた。次々とバスに乗り込む人たちも、今溺れてきたみたいに濡れており、水浸しになった車内には救助船のような雰囲気が漂っていた。
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