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いかにも、な部屋だ。部屋の扉を開ける前から、魔女のすすり泣く声が聞こえていたので覚悟はしていたが、彼女がここまでの演出家であることは知らなかった。電気は消されており、真っ暗な部屋の中に蝋燭が一本だけ灯っていた。あまりにも脆弱な光だ。しかし、その弱弱しい光は、的確にベッドの上に座る氷の魔女だけを映すように灯っており、自身の顔面を手で覆い隠している魔女から零れる雫が、涙なのか蝋燭の火で溶けた彼女の身体なのか、僕には判別がつかなかった。
「旦那様に不幸があってから、ずっとあの調子なのです」
そう説明する使用人がツアーガイドみたいに思えて、なんだか僕は噴き出しそうになったが、なんとか堪えた。「そうなんですね」と、間に合わせの相槌もうてた。
僕は、この劇場の雰囲気にのまれないように、恐る恐る――まるで地雷原を進む足取りで――魔女に近づいた。
「花の魔人です」と僕が言うと、氷の女王はわざとらしく顔をあげて、僕を見つめた。彼女の表情は紅潮しており、目尻のメイクが崩れていることから、どうやら本当に涙は流していたらしいことが伺えた。女王は僕の目を見つめた状態で、じっと止まっている。一言も発することはなく、なにかを待っているようだった。僕はむずがゆくなって言葉を続けた。
「氷の魔人のことは聞きました。本当に、運が悪かったですね」
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