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ドア一枚を隔てた廊下で、ちゃなこの爪の音がちゃかちゃかと鳴って近づいて来た。すきまから鼻先を入れようとして、あきらめて遠ざかる。
俺以外の七人の家族がみんないない日なんて、まずない。今は一階にひいばあちゃんと祖父母がいるけどまあいい。ていうか、どうでもよくなってしまった。ばあちゃんが作ってくれた、「特製」の濃いめのカルピスをストローで飲む律にキスした瞬間から。いちおう横開きの戸につっかえ棒はした。
縁側の足元の石段に転がった二足のスニーカーはおそろの青色で、サイズは0.5センチ違い。
「ん…、ふみ…」
セックスの最中にだけ、ときどき、「ふみ」って呼ぶことに気づいた。昂ったとき。指をからめて手をつなぎたいとき。俺の背中に腕を回したいとき。
「律」
東京に行ってからというもの、俺たちは隙があればヤっている。放課後の家ではもちろん、学校の生物準備室っていう、音楽室のとなりの部屋でも。それはさすがに一度きりだっだけど。
猿? ケダモノ? そうかもしれない。俺たちは埋めた。離れていた時間を。離ればなれになっていた体の距離を。埋め尽くしたい。律を、俺で。時間。体。思っていること。髪。てのひら。そのぜんぶ。欲望をぶつけるのを、ためらわない。
「…っ、ん…」
顔だけ斜に向けて、くしゃりとなったシーツを口元に押し当てている。くるしそうで、でも頬が紅潮した律は、すごくいやらしい。細い骨の浮き出た白い首筋に吸いつく。律のなかが、びくんとひきつれて締まる。思わずうめき声がもれる。
「律…こっち向いて」
もっと顔、見たいよ。
「やだ…」
「俺のこと、もっと感じて」
「だ、…だめ」
「どうして?」
だって俺はこんなに律のことが好きなのに。
「もう、いっぱい、だから…」
鎖骨。夕日がふりそそいでよけいばら色になった、胸。唇をすべらせていく。頼りなくてとぎれそうな声。
「あふれちゃう、から…っ」
いいのに。あふれだしてとろとろになったって、ちっともかまわない。
シーツを離させて、律の手首をベッドに押しつけた。
「…きもちい?」
こくり、とうなづく。ぼおっとにじんだ色の瞳をのぞき込む。
「言って」
言葉にしてくれたらもっときもちよくなるから。
「…きもちいい。すごく」
くっついてとけあって、どうしようもなく高まっていく熱がシーツにこぼれ落ちていく。
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