213人が本棚に入れています
本棚に追加
自転車に乗りながら、クリスマスのことを思い出す。
お互いに似合うものを駅前のモールで選んで、また贈り合った。
美麗でどっしりした香水瓶じゃなく、軽くて、いつでもどこでも、体育の後なんかに吹きつけられるオーデコロン。
律が幼い頃から、外出先などでトラブルが起きたとき香りをかいで落ち着くためのもの。子どもの頃は、「おまじない」と言って母親につけてもらっていた練り香水。
それをクリスマス前に律が突然、「変えようと思うからお前が選べ」って命令形で言った。いいのかよ? だから、いいと言っただろう、何度も言わせるな、って押し問答があった。
律には、ウッディとグリーンの中間、森の匂いを選んだ。俺が第一印象でこれだって思ったやつ。律は、鼻がばかになるんじゃないかってくらい試した中から、おもむろに「史緒だ」って言って俺に選んでくれた。それは乾燥した木の香りのあとにスパイシーさがやって来る。なんだか大人になった気がした。生えた枝葉は違う、でもふたつともベースは同じ香りだってところも気に入った。
ふいに自転車を止めて、犬みたいに律の首元に鼻先を寄せた。さわやかでしっとりとした匂いがする。
「体温やその日の体調、体のどの部分につけるかでも香り方は変わる」
知ってる。セックスする前と後じゃ、全然違うって。
「…じゃ、ときどき交換しよ」
「ああ」
「混ぜたり、一滴だけ垂らしたり」
「…お前はよくいろいろなことを思いつくな」
そのクリスマスの日はフレグランスを贈り合った後、駅前の広い芝生の東屋で小さいケーキとあったかい紅茶でクリスマスパーティーをした。夜には別れてそれぞれの家に帰って、家族とまたケーキやチキンを食べた。日付が変わっても、律と電話をしていた。健全でささやかなクリスマスイブだった。
「約束どおり、週末うち来れる?」
「ああ、お邪魔する」
どこまでもつきぬけていくような高い青空、足元にはあいかわらず青いスニーカー。新品の感じはだいぶ薄れて、くったりと心地よく足になじんできた。
最初のコメントを投稿しよう!