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「…ふみ」
律は目をこする。やべえ、泣かせた。雪をさわった手だから、頰にぬれた泥の線がついた。
ゆっくりとこっちに向かって歩いて来る。雪のつもった田んぼだからこけても大丈夫だと判断した上で、待つ。律は目が見えないけど、俺のいるところがちゃんとわかる。だから待つ。
律の方も、俺が待っているのをわかっているはずだ。
一歩ずつ近づいてくる。俺の、好きな男。カレシ。なによりも大事な人。
いろんな景色の中に、いっしょに行った。風を感じて指でふれた。互いの体と、そこにおさまっている気持ちを確かめ合った。離れるひまなんてなかった。
向かい合う。迷いなく、ばふっ、と胸に体当たりして飛び込んできた。コートに乗った雪片が舞う。
「史緒」
「律」
ぶわっと、心の底から喜びが広がる。出会えて幸せだって体じゅうが言っている。
「俺のことは…律にやる。爪の先まで。中身もまるごと。…いらないかもしんねーけど」
くすりと笑った。俺の腕の中。
「これからも伝えてくれるか? 見えるものを、史緒だけの見え方と言葉で」
「…伝える!」
ばかみたいに、こくこくとうなづく。
「俺も伝えるから…俺の中の世界を。史緒だけに」
「…ああ。待ってる、楽しみにしてる」
頰の汚れを指で拭ってやる。雪に包まれて、お互いの存在をただ感じ取っている。
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