キス

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「………お前らぁ」 坂本の、応援合戦で鍛えられた野太い声が低くひびく。 「誓いのキッスを、しろー」 「…え?」 「…えっ?」 顔を上げる。縁側に坂本岡田、親父に母親が雁首(がんくび)をそろえている。 「今なら証人がたくさんいるぞ!」 岡田がめがねのブリッジに指を添えて、つけくわえる。 「ばっ…見てんじゃ、ねーよ!」 律を、守るみたいに抱きしめる。忘れてた。すぐそこには俺の家の座敷があって、家族どころか兄貴の友達までいるんだった。 「そんだけ大声出しゃあ、嫌でも聞こえるだよ」 あきれ顔の親父は腕組みをする。 「こえ!?」 ついさっきの、声を押し殺した秘密のいとなみが脳裏に浮かんでしまう。 「…たぶらかしたわけか」 「はっ!? ちげーよ!」 また、ちゃなこが吠える。 「あんないいお坊ちゃんを…」 家の奥では、ひいばあちゃんが仏壇にむかって拝み出す。わけがわからない。 はじめて見た、コクハクだぜ! 弟の友達がたえかねたように大声を上げる。 「しかたねえ、あちらの親御さんに挨拶しに行くか…」 親父が天を仰ぐ。 「お兄ちゃんにはまだ彼女もいないのに史緒が先に…」 「俺のことはいいんだよ、ったく…」 俺たちのせいで大騒ぎだ。掃き出し窓から明るい光がもれている。 「…史緒」 俺の腕をそっとつかむ。 「ごめんな、うるさくて」 ううん、笑ってと首を振る。壊れものをあつかうように、律のまぶたにそっとキスする。 「左の目にも、して…」 目を閉じるから、もう片方の瞳の上にも唇をつける。見られているかもしれないはずかしさを、いとおしさが簡単に上回る。 「史緒。好きだ」  「俺も好き」 「春からずっと好きだったし…ときどき腹を立てたりもしたけど」 「それはよけいだろ」 「…これからも好きだ」 「…俺も同じ気持ち」 「知ってる」 マフラーの陰にかくれて、こっそり唇を重ねた。 十七歳で、熱にうかされて、いつも律といっしょにいた。 律がいて俺がいた。ただそれだけ。ふたりのさかいめは曖昧で、体のどこかをいつもくっつけあって、すべてのことを共有していた。いつもふたりきりだった。
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