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「…じゃ、言ったのか? お前の受け持っている子どもに」
アイスのティーラテを飲みながら目を白黒させる律の表情はいつでも見ものだ。
「たまたま、聞かれたから」
きれいでかっこよくて、かしこい男に会いに行くって言った。
しかしいくら俺でも、なにもホームルームに教壇で生徒全員に話したわけじゃない。
「子どもは先生たちのゴシップが大好きだからなー、明日にはクラス中、職員室にまで広まりそうだ」
「まったく、お前は…」
眉間に指を当てる。怒ってあきれたときのサイン。
「いーじゃん」
「なにがだ。史緒は一応、教師なのだろう?」
「一応も何も、教員免許を取って採用試験にも通った立派な先生ですけど?」
コールドブリューソーダのストローを噛みながら、にっと笑って言ってやる。
「やれやれ、都の見識を疑うよ…」
ため息をつく。ボタンを開けたシャツの襟からのぞく肌は、真夏の都下でも変わらず白い。
「…でももう、『先生』の時間は終わり」
小さな丸いテーブル越し、指に指を絡める。つんとそっぽを向いたまま、それでも律は手をほどかない。
「こっち向いて」
「…嫌だ」
立ち上がって首筋に顔を寄せると、昔と変わらない、涼しげだけど少し湿り気のある香りがした。
俺たちは疲れた体をいたわりあって確かめ合って、存分に愛し合う。
廊下から点々と、ジャケット、ネクタイ、ワイシャツが落ちているのはいつものことだ。かろうじてベルトやそれ以上はベッドの上で。
今日は律の部屋だ。大学院に入ってしばらくした頃、律は都心の実家を出てひとり暮らしを始めた。1DKで、福祉系のNPOと管理会社が連携している物件だ。トラブルの仲裁、個人的な相談、望めば定期的な面談等を行なってくれる。寮みたいなものだ。けれど門限の類いはないし管理人が常駐しているわけでもないから、こうして俺のような男でも出入りできる。
もう、高校生の体じゃない。十代の、細い頼りなさはかき消えた。あれから背はそれほど伸びたわけじゃない。けれど骨張って、大学のサークルで週に数回バスケをしていただけなのに筋肉がついて、声にもかわいげは完全に無くなった。
でもあいかわらず律は、律の匂いだ。
そして声を出すのを未だにはじらう。耳の下の皮膚の柔らかさ、そこがいっそう感じやすいところも、変わらない。
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